空飛ぶバディネリ ■連載読み物       《Hurdy・Gurdy・ば》

空飛ぶバディネリ

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『しずかちゃんの遺言』27(最終回)

 『しずかちゃんの遺言』 (第27回/全27回)

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27. (最終回)


 これで、私の話はおしまいです。
 結局私は、あまり上手にお話をすることができませんでした。このことについて話したいと思えば思うほど、口から出るのが違う話になってしまった気がします。所詮私はタケコプターなので、そのへんは勘弁してください。
 私はあれから一度だけ、スーパーマンさんに会いました。そのときスーパーマンさんは、ゴミの種類について話してくれました。
 なんでも、適切に処理すれば肥料や燃料になるゴミが三割、きちんと分別すればリサイクルできるはずのものが二割、どうにもならないものが一割、そしてあとの残りはみんな黒くなって死んだ人なんだそうです。
 黒くなって死んだ人はあとで佃煮にするとか言っていましたが、これは冗談でしょう。たぶん、誰かに名前を呼んでもらうまで、スーパーマンさんの星かどこかで待たせるんだと思います。
 そのときスーパーマンさんは、奇妙なことを私に聞いてきました。
「なぁ」
「なに? スーパーマンさん」
「なぁなぁ。あのさ、この世がな、この世の全てがドラ焼きで出来てるなんて、考えたことないか?」
「なにそれ」
「あるいは、この世はまるごとひとつのドラ焼きだ、とかさ」
 そんなことがあったら私の商売はあがったりですので、私は「ないない」と答えました。スーパーマンさんは「ふうん」と二回言いました。
 が、スーパーマンさんは何か別のことを言っていたのかもしれません。スーパーマンさんの本当の名前は神様なので、何を言おうとしているのかさっぱりわからないときが、私にはたくさんあります。

 あ、いいですよ。そのドラ焼き、どうぞお持ち帰り下さい。
 もうすぐドラえもんが迎えに来るはずなので、私は行きます。
 以前ジャイアンと呼んでいた人が「しずかちゃんの守り神だ」と言っていた虫にやられた痕が悪化したので、診てもらいに行くのです。しばらく戻って来られないと思います。
 だから今日は、ここにあるもの全部、お持ち帰りいただいてかまいません。
 でももし、ご注文もいただけるなら帰って来たらすぐ連絡しますので、そこの紙に書いておいていただけると嬉しいです。
 ええ、それです、そう、一番下。「イササカ 三十コ」って書いてあるでしょ。その下。
 ありがとうございます。
 私の職業はドラ焼き作りですので、ドラ焼きを食べ終わったあなたは私のことなんてすぐに忘れると思いますが、出来たらしずかちゃんのことは気にかけてやってみて下さい。
 これからのあなたに、しずかちゃんに会うことがあるかどうかはわかりませんが、しずかちゃんのお風呂場のことに思いをめぐらすチャンスはきっとたくさんあるはずです。そんなときに、今、この世界のどこかでしずかちゃんがお風呂に入っているんだなあって思うと、ほんのちょっぴり幸せになると思います。
 そういうちょっとした幸せというか嬉しさというか、そんなものがあると、いろんなことがうまくいくような気が私はするのですが、誰でもそうなのかというと、そのへんはよくわかりません。すいません。
 え?
 ああ、遺言の話ですか。うっかりしてました。
 そうですね、確かに遺言ってのが私の頭にあって、私はそういう話をしようとしていたはずなんですが、ええと、なんて言えばいいんでしょう、そのときは、全部が全部しずかちゃんの遺言だらけに思えて、ちゃんと遺言について言える気がしてて、実際、ずっとずっと遺言の話をしているつもりでもあったんですが、何故なんだろう、うまく言えないです。すいません。
 でも、そういうことってときどきありませんか。ドラえもんはあるって言ってました。スーパーマンさんだって、きっとあるっていうと思います。
 もしなんでしたら、遺言なんて言い方はすっぱりやめちゃって、「絶対ドラヤキ2」にしましょうか。
 あ、これいいですね、「絶対ドラヤキ2」。ドラえもんもきっと賛成してくれると思います。
 話だけのドラ焼きなんて、私としても初の試みです。ちょっと画期的かもしれませんね。
 じゃ、そろそろ時間なので、私は行きます。
 ありがとうございました。あなたに感謝します。
 さようなら。

                          (おわり)

おつきあいいただき、ありがとうございました。
            by ハーディ・ガーディ・ばんらい

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『しずかちゃんの遺言』26

 『しずかちゃんの遺言』 (第26回/全__回)

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26.


 冬を間近にしたある日、一仕事終えた私がお店の隣の空き地に縁台を出し、お茶でも飲もうと思ったときです。
 いつかのおばあさんが、やって来ました。
 おじいさんの手術は無事に終わったそうで、その後の経過もずいぶんといいとのことでした。
 おじいさんはまだ病床にいてドラ焼きは食べられないそうですが、こんなことを言ったそうです。
「手術から今まで、ずっとあのまずいドラ焼きのことを考えていたよ。だから今では、どこがどうまずかったのかはっきり言える。早くあのけしからんドラ焼きを買ってこい」
 おばあさんは、私の渡した湯飲みを両手で上品に持つと、一口すすってから言いました。
「おじいさん、ちょっとよくなったかと思ったら、とたんに威張りちらしましてね。今日はまず香りからチェックしてやる、ですって。なんだか、あなたのドラ焼きの文句を考えるのが生き甲斐になってしまったようですよ」
「そうなんですか。じゃあ、はりきっておいしいドラ焼きを作らないと。ようし、おじいさんに文句を言われないよう、完璧なドラ焼きを作るぞ」
 おばあさんは笑って言いいました。
「いえいえ、完璧になったら、おじいさんの生き甲斐がなくなっちゃうじゃないですか」
「あ、そうか」
「おじいさんはね、あなたが作るドラ焼きがいいんですよ、味なんて二の次なんですよ。あ、こんな言い方したら失礼でしたね」
 板塀の向こうの路地をスーパーマンさんが激しいくしゃみをしながら通り過ぎて行くのが見えました。
 おばあさんに「いえいえ」と言いながらスーパーマンさんの姿を見送った私は、おばあさんにたずねてみ
ました。こんな柄にもない質問をしてしまうのは、おばあさんの特別に上品な佇まいのせいかもしれません。
「おじいさんは、おばあさんを大切にしてくれてますか」
「何言ってるんですか。寝たきりの人が誰を大切に出来るっていうんです。毎日文句ばかり言われてますよ」
 にこにこしながら、そう言いました。
 見上げた空にはトンビが一羽飛んでいて、一度も羽ばたくことなく、空に大きく円を描き続けていました。
 私は、トンビには上昇気流が見えるのかな、と思いました。

 「ねえ、おばあさん。僕の友達に、自分の名前を忘れてしまってた人がいるんですけどね、その人、ひとの名前もわかってくれなかったようなんですよ。目の前の人を見ていながら実は誰も見てないっていうか。自分の名前を忘れてる人って、そういうものなんでしょうか」
「それはそうですよ。自分の名前を忘れてたら、何もみえるわけがないでしょう。それにね、ひとというのは、自分の名前を呼んでもらえなかったら、佃煮みたいな色になって死んでしまうものなんです。昔からよく言うじゃないですか、鵜の目鷹の目山椒の芽って」
 私は、それはちょっと違うんじゃないかと思いましたが、お年寄りの長年の勘違いというものが、とても愛おしいものに思えました。
 おばあさんは言いました。
「自分の名前を忘れるなんて、何かよほど辛いことがあったんでしょうかねえ。でもあなた、名前を忘れた方とどうやってお友達になったのかしら」
 私が口ごもっていると、おばあさんは、この話はおしまい、とばかりに、
「いい天気ですねえ。私はこの季節が一番好きですよ」
と言いました。
 私は、なんとなしにおばあさんにきいてみました。
「おばあさんは、お風呂場で暮らすしずかちゃんって知っていますか」
「お風呂場で暮らすしずかちゃんですか。そんな方は知りませんねえ」
「そうですか。そうですよね」
「でも、別のしずかさんなら知ってますよ」
「えっ」
「私の母親はしずかって名前だったんです」
「え? おばあさんのお母さんはしずかさんってお名前なんですか」
「ええ、そうなんですよ」
そう言っておばあさんは湯飲みを口に運びました。
「そうですかぁ。おばあさんのお母さんは、しずかさんっていうんですか」
「ええ。私の母親はしずかっていう名前だったんです。素敵なひとでしたよ。早くに亡くなってしまったので、私はもう母親より四十年もよけいに生きてしまいました」
 そういうおばあさんの、穏やかで幸せそうな表情を見た私は言いました。
「なんか、お母さんのいい思い出がたくさんありそうですね」
「貧しい時代でしたからね、辛いことばかりでしたよ。けれども、私が辛い思いをしたときに私の頭をぐるぐるなぜながら言ってくれた言葉は、今でもはっきり思い出せますよ。『あなたの好きなものがあなたの大切なもの、あなたの好きなひとがあなたの大切なひとよ。大切なのは鵜の目鷹の目山椒の芽。たくさん好きになりなさい』って」
 なんだかよくわからない思い出の言葉でしたが、もう、どうともアレンジしようのないおばあさんの大切な物語の一部なのは、確かなことでした。
 さっきのトンビが、まだ大空をくるくるまわっていました。

 鵜の目鷹の目山椒の芽かあ。
 しずかちゃんに会いたいなあ。
 広く雄大なお風呂場からタケコプターで大空に舞い上がる、しずかちゃんに会いたいなあ。


                             つづく...

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『しずかちゃんの遺言』25

 『しずかちゃんの遺言』 (第25回/全__回)

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25.


 ところで、私が見たあのしずかちゃんは、もうすぐ湯船を奪われて、あの風呂場から出て行くでしょう。そして、新しく生まれたしずかちゃんは、死んでしまうんじゃないかと思います。
 もはやしかたのないことです。
 かつてジャイアンや私たちがスネ夫と読んでいたあの彼は、温泉センター予定地から離れた場所に湯船を作り、しずかちゃんがそこに行くよう誘導する計画をたてていました。
 が、どう考えても彼にあの美しい湯船を再現できるとは思えません。彼はきっと、しずかちゃんを効果的に呼び寄せるための看板を立てるでしょうが、その看板作りのセンスには悲しいものがありました。
 一番の問題は、その場所です。ジャイアンの見立てによれば、あれだけ広いお風呂場であっても、湯船を置ける特別な場所はあの一カ所しかなかったわけですから、どこかに新しい湯船を置いたところで、しずかちゃんはそれを使わない可能性が高いのです。
 それでもあるいは、彼のもくろみは成功するのかもしれません。
 しずかちゃんだって、好んで臭くなって死ぬようなことはいやでしょうから、住み慣れたお風呂場の近くに新しい湯船があることに気づいたら、そこを使い始めるかもしれません。
 しかしそれは、私が見て来た広大なしずかちゃんのお風呂場が堂々と破壊しつくされることを意味します。
 しずかちゃんが彼の作った湯船を使うなら、今湯船がある場所は、安心して温泉センター作りの工事ができる場所になるからです。
 つまり、あの巨大な迷宮のようだったしずかちゃんのお風呂場は、スーパー袋に着替えさえ入れて持てば気軽に行ける、なんのへんてつもない温泉センターになるのです。あの土地周辺が、温泉センターさえ無い不幸から脱却し、温泉センターのある幸せを手に入れるのです。

 しずかちゃんのことだけを考えていては、私たちは生きて行けません。私たちの住むこの国が、しずかちゃんのお風呂場だらけでは、私たちはきっと不幸に違いないのですから。
 そのお風呂場がどんなに深く豊かで魅力的で、なおかつ、お風呂場以外の場所がお風呂場以外の場所であるために不可欠なものだったとしてもです。
 本当には私たちが不幸でなかったとしても、いつか誰かが「あんたたちってもしかして不幸なんじゃないの?」とささやけば、私たちは、言われてみればそうかもなあと思い、それは結局不幸の始まりなのだと思います。
 でも。
 やはりあそこはしずかちゃんのプライベート空間なのでした。
 あそこでしずかちゃんがひっそりと暮らしているかぎり、しずかちゃんのお風呂場はしずかちゃんが機嫌良く暮らして行くための、プライベート空間なのでした。プライベートな話を前にして、私たちがしずかちゃんなしで生きて行けるのかどうかなんて問いなど、全くナンセンスでしかないのです。

 私は、しずかちゃんの私生活をほんのちょっぴり垣間見ることが出来、今、この世界でしずかちゃんと同じ時間を過ごしていることに幸せを感じています。
 この幸せの感覚を手にして以来、ドラ焼きを売るためにあちこちを飛び回る私は、この世界全てがプライベートな空間なのではないかと思うようになりました。
 その場所その場所の人々がそれぞれに日々を暮らす、誰にも勝手に破壊などされてはならない愛すべきプライベート空間です。そんなものの集まりがこの世界であり、この世界全体が私たちみんなのプライベート空間に思えてくるのです。
 こんな話をジャイアンにしたなら、
「普通そいつをパブリックスペースっていうんだろ。バカか、おまえ」
と言うでしょう。
 スーパーマンさんなら、
「パブリックとかプライベートとか、何それ? 全然わからない。さっぱり意味がわからない。きみ、何を言っているの? 何それ? 何それ?」
と言って怒り狂いながら「世界はひとつ」と歌い出すでしょう。
 ドラえもんだったなら、
「安易にカタカナ語を使うのって、よくないよ」
とだけ、言いそうです。

 あるいは、と考えてしまうこともあります。
 もしかしたらしずかちゃんは、ペカペカ光る看板や、妖しい色に照らされたジェット水流のお風呂も実は嫌いじゃないかもしれません。混浴だって本当は大好きで、おおはしゃぎで楽しむかも知れません。
 迷宮の様なお風呂場の奥深くで人知れずひっそりと暮らす今のしずかちゃんは、自らのイメージ戦略に囚われた哀れな身なのかも知れないし、単なる情報と経験の不足から、別の暮らし方をするきっかけがもたらされていない孤独な生活者なのかも知れません。
 ひょっとしたら、「オニーサン、オニーサン、チョットチョット」と声をかけて来たきれいな女の人たちのかわりに、しずかちゃんがずらりと並ぶことになるかも知れません。街のあちこちがしずかちゃんであふれかえり、女子高校生たちがそのマナーの悪さに眉をひそめることになるかも知れません。
 そうしたら国の方針、即ち、みんなの願いはしずかちゃん退治に変わることでしょう。
 たぶんですが、今の私たちが失っているのは、しずかちゃんのもつ繊細さとしぶとさを見極めることの出来る、しずかちゃんとの関係なのだと思います。即ち、しずかちゃんはもうずっと以前から、私たちの友達ではなくなっていたということなのだと思います。

 そんなことをつらつらと考えていた折り、ジャイアンがお店に来ました。
 驚いたことに、甘いドラ焼きなど食べないはずのジャイアンが、ドラ焼きを買いに来てくれたのでした。
「取引き先のおねえちゃんへのプレゼントなんだからな。リボンつけろ。ピンクな」
 わざとらしいぶっきらぼうさでそう言いましたが、ドラ焼きが出来るのを待っている間、こんなことをこっそりと教えてくれました。

 あのかつて私たちがスネ夫と呼んでいた彼は、今ではビデオ撮影をしたことを激しく後悔しているそうです。
 しずかちゃんが警戒するのではないかという私の危惧はとりこし苦労にしか過ぎず、貴重な映像が大量に集まりましたので全ては大成功だったと私は思っていました。が、彼はそう考えなかったようです。ほめられることで頭がいっぱいだったのか、経費の計算をせず、開けてみれば赤字だったというのがその理由です。例の私への補填も関係しているのでしょうが、なんとも間の抜けた話でした。
 今になってやらなければよかったなんて言われたら、ジャイアンや私のあの苦労はなんだったんだという話でもあるので結構むっとくるところですが、それよりも脱力したのは、撮影した映像そのものの価値の話がすっぽりと抜けていることでした。
 私の目からみても、ちょっとやそっとの赤字などカバーしてあまりある貴重な情報が、まだまだたくさん読みとれるはずでした。が、彼の指示でジャイアンが映りのいいところだけ寄せ集めたものを「よく撮れたでしょ」といって出木杉くんたちに見せて終わり、データとしても、私たちの仮解析のメモをそのまま表にしただけだそうです。
 その道の研究者がみれば、宝の山だと言って大喜びすることは間違いないくらい価値ある映像のはずでした。私などは、現場の小さなモニタで見たいくつかのシーンを思い返すだけで幸せな気分になれます。

 もうひとつ、私には遙か昔にみた夢のように思えてしまう話ですが、実は彼は、私がみんなに絶対ドラ焼きをふるまった晩のことがとても気になっていたようで、その後、ジャイアンに寝掘り葉堀り聞いたのだそうです。私がしずかちゃんに会ったとき、しずかちゃんがどうしたかについてです。
 なぜ当事者の私に聞かなかったのかというと、その頃は私に「あわあわあわ」しか言えなくなっていたからでしょう。
 ジャイアンは、その後の調査のある晩、彼がひとりこっそり、あの泉に向かったと言いました。
 彼はときどきとてもわかりやすい行動をとるクセがありますので、コンビニで「夜食でも買っておこうかな」と独り言を言った時点で、ジャイアンには全てわかったそうです。
 ジャイアンの思った通り、彼は夜中にカップラーメンにお湯を入れ、あの泉に向かいました。私が持って行ったのは絶対ドラ焼きのカップであり、実体としては「まごころ」の残り香のはずでしたが、彼はカップラーメン以外考えもしなかったようでした。
 ジャイアンたちはあとをつけました。見物に行ったわけではなく、彼が馬鹿なことをしそうな気がしてならなかったからだそうです。
 ジャイアンは私に言いました。
「なあ、これまでの調査で、おれたちが一枚も撮影に成功してなかったのが何かわかるか」
「うんこ」
「いいや、それは放尿シーンでカバーできるからいいんだ。そうじゃなくてな、しずかちゃんの食事だ」
「そうか、そういえばなかったね。その後もダメだったの?」
「ああ、さっぱりだった。あいつは、しずかちゃんがおまえのカップのにおいをかいだって話で、食事シーンが撮れるかもしれないと思ったらしい。そしたら手柄になるからな」
「へえ。それで、撮れたの? というか、そんな都合良く、しずかちゃんがあの場所に現れたりするのかな」
「来てたんだなぁ、これが。だがな、泉のわきの石でなく、そこからちょっと離れた林にいたんだ。新しい小さいしずかちゃんを抱いてな。あいつはそれに全く気がつかねえで、藪の中に石に照準を合わせてカメラをセットすると、泉のまわりをうろうろしはじめた。しずかちゃんの食べかすでも落ちてないか探してるようだったな。で、こっからがすごいんだが、そのあとあいつ、何したと思う?」
「さあ」
「驚いたよ。石に近づいて行ったんでどうするかと思ったらさ、あの石の上にふやけたラーメンを撒いたんだわ」
「ゲッ」
「あいつはさあ、しずかちゃんがそれを食いに来ると思ったんだろうなぁ。わかるか? あいつが見てたしずかちゃん、つまりあいつの目に写っていたしずかちゃんはな、石の上にぶちまかれたラーメンをすすってもおかしくないようなしずかちゃんだったってことだ。さすがにおれも、そこまでとは想像もしてなかったよ」
 いつものジャイアンなら、この手の話題は嬉しそうに話すはずですが、このときは妙にしみじみとした口調でした。寂しそうですらありました。
「大切な場所に、のびきったラーメンなんかぶちまけられちゃ、しずかちゃんが怒っても無理ねえわな。それまでしずかちゃんは、あいつのやることをじっと見てたんだがな、身を隠してるつもりでカメラをのぞいて待ってたあいつのとこに、つかつか歩いてった。どうするかと思ったらさ、目玉をはみ出させるほどびっくりしたあいつに平手打ちをくらわせようとしたんだ。んだが、寸前でやめた。で、落ちてた棒をひろってあいつを思いっきしぶんなぐった。触れるだけでも汚らわしいってな感じだったな。すんげえ怖い目で無様にひっくり返ったあいつをにらんでたよ。あんなしずかちゃんは、おれも初めて見たぜ」
 翌日、顔に大きなアザをつけて朝食の場に来た彼は、
「昨日の晩、トレーニングしようと思って自転車に乗ったらコケちゃったよ。あれ、ペダルのデザインが悪くて、足がはずれやすいんだよね。クレーム入れようかなあ。完全に設計ミスだよ」
と、とてもわかりやすいことを言ったといいます。
 ジャイアンが、
「そうか。自転車のせいなんだな。じゃ、おれがかわりに仕返ししてやる」
と言ってスパナで自転車をガンガンこらしめ始めたところ、自転車が大好きな彼は泣いて止めに入ったそうです。
 この話ばかりはジャイアンも嬉しそうな顔で言いましたが、彼のそんなキャラクターの話は、私にはもう、どうでもいいことでした。
 ジャイアンによれば、その晩以来、しずかちゃんは泉にも湯船のある場所にも姿を見せなくなったそうです。お風呂場のはずれあたりでほんの二回ほど目撃されただけで、その後はただの一回も誰も会えていないとのことでした。湯船もお風呂場もまるごと放棄してどこかへ行ってしまったというのがジャイアンの見解でした。
「あの大事な場所であんなことされたら、そのまま暮らし続けるわけがねえと思うよ」
 そう、ジャイアンは言いました。

 例の、かわりの湯船を置いてしずかちゃんを誘導する計画はまだ続いているようですが、それについてジャイアンは詳しい話をしませんでした。仕事上の機密事項の範疇に入るからです。
 が、しずかちゃんがもう出て行ってしまったとなると、その計画の全てが無意味になってしまうはずです。おそらく、彼と出木杉くんの間では、しずかちゃんはなんらかの理由でどこかに潜んでいる、ということになっているのでしょう。
 彼が「自分がしずかちゃんを追い出してしまった」などと告白するわけがありません。自分のせいではない別の理由によるものだと一生懸命思いこみ、その根拠が見つからないことを不思議に思っていたりしているのでしょう。せいぜい、誰かに「おまえのせいだ」と言われてしまう可能性を恐れて、ただビクビクしているくらいだと思います。
「『ラーメンぶちまけたあとの掃除、しといてやったからな』と言ったときのあいつったらなかったぞ。真っ青になって、ガタガタ震えてたわ」
 そう言ってジャイアンは乾いた笑い声をあげ、すぐしんみりとして言いました。
「震えるだけ震えながら、だからどうするってわけでもないところがあいつのすごいところだよ。はっきりおまえのせいだと指摘してやってもいいんだがな、言ったところであいつがなんて返すかは想像つくだろ。鬱陶しい思いをするだけ損だ」
「でも、そしたら計画自体がナンセンスになるじゃない。打ち切りになったりしないのかな」
「いや、そうはならんだろ。一度ついた予算だからな。理由なんていっくらでもつけられるさ。そういうもんだよ。冬までには戻ってくるかもしれねえしな」
 ただ、しずかちゃん親衛隊の耳に入ったらひともんちゃくあるのは確実で、事と次第によっては温泉センター建設計画そのものが頓挫することになる可能性だってあるとジャイアンは言いました。
 が、こうも付け加えました。
「ほんの一握りのひとを除けば、親衛隊なんてラーメンのかわりにイチゴショートと紅茶を置きたがるようなやつばかりだよ。同じこった」
 私は、それまでのジャイアンの話に出て来ていなかった気がかりなことをたずねました。
「ねえ、ジャイアン。そのラーメンの話のあとでしずかちゃんが目撃されたときって、ひとりだった?」
 ジャイアンは、きたな、という顔で答えました。
「ああ、ひとりだった」
「じゃあ、ってことは・・・」
「だな。死んだんだろ」

 ジャイアンの話はそれでおしまいでした。
 わたしがひとつひとつ丁寧にリボンをつけたドラ焼きを十個差し出し、
「はいおまたせ。おねえちゃんたちによろしく」
と言うと、ジャイアンは照れくささを誤魔化そうとするような口調で、接待なんだから領収書が欲しいと言いました。
 私が、
「名前はどうしようか。上様? それともジャイアン?」
とたずねると、ジャイアンは、
「いや、おれの名前で」
と言いました。
 私は、宛名欄にジャイアンの本当の名前を書いて、領収書を手渡しました。
 彼はド派手なウインクを一発残し、帰って行きました。


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『しずかちゃんの遺言』24

 『しずかちゃんの遺言』 (第24回/全__回)

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24.


 スネ夫がスネ夫でなくなり、コロ助の支配下で奪われてしまった私の日々もとうに過ぎ去って、だんだんと日常が戻って来ました。
 今までと違うことと言えば、もう私がスネ夫ママから呼ばれることはなくなったということくらいです。カオリちゃんが私を必要としてくれることがあったとしても、スネ夫ママがうんというはずがありませんでした。
 本当は、言い出せばきりがないほど大変なことがあったりしますが、追々どうにかなるだろうし、どうにかしなければいけないことでした。取り返しのつかないことは取り返しのつかないこととして、ただただ忘れるのを待つか、耐えて慣れるしかありませんでした。
 でも、おかげさまでなんとかドラ焼き作りだけは再開することが出来ています。以前のドラ焼きと今のドラ焼きの根っこ部分が同じかどうか自信がない点については最初にお話した通りですが、ともあれ、誰にむかっても心から「おかげさまで」と言いたい気持でした。

 もうひとつ、違うことがありました。
 私は、いつもしずかちゃんを探しているのです。
 とはいっても、あの、街をさまよいながらしずかちゃんの姿を追い求めていたときとは、違います。
 いつも、体のどこかしらがしずかちゃんの気配を感じようとしているのです。
 しずかちゃん調査で、体中の神経をとがらせてしずかちゃんの気配を感じようとしていたときを体が忘れられないでいるのかもしれません。
 気がつけばいつのまにか空を見上げている自分に気付きます。
 が、見えるのは刻々と姿を変えゆく秋の雲ばかりでした。


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『しずかちゃんの遺言』23

 『しずかちゃんの遺言』 (第23回/全__回)

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23.


 九月ももう半ばの、夏と秋が入れ替わった日でした。
 お店の片隅でテレビを見ていた私は、リモコンでスイッチを切り、いやこっちだった、と気が付いて別のリモコンでビデオデッキのスイッチを切りました。
 映画は、大冒険を終えたドラえもんと仲間たちが、手を取り合って家に帰るシーンで締め括られました。みんな頭にタケコプターをつけ、雲間をぐるりと大回りして家に帰って行きました。
 映画の中のスネ夫は、仲間からの信頼感の点で一時微妙な立場だったりしましたが、結局最後にはみんなと仲良く遊んでいました。みんなと手をとりあい、共にタケコプターで大空を飛んでいました。
 私は長いため息をついて、独り言を言いました。
「映画は映画か。あいつは、スネ夫でいるのがいやだったんだろうかな」
 私は、もしあのスネ夫が本当にスネ夫なら、ドラえもんとジャイアンもさそって一緒にカップラーメン型のドラ焼きを食べ、そのあとでしずかちゃんを訪ねに行きたいなあと思いました。
 あの彼とは、「あわあわあわ」以来、一度も会っていません。
 結局、私には何も言わないまま、株式会社スネ夫ママやコロ助の陰に隠れて出て来なくなりました。イササカさんやカオリちゃんにスネ夫がどうしているか聞いてみたこともありましたが、なぜかふたりとも「スネ夫?」と言ったまま固まりっぱなしになってしまったので、その後のスネ夫については何もわかりませんでした。
 たぶんスネ夫はスネ夫という名前から逃げ出し、名前の無い人になってしまったのだと思います。
 あのスネ夫がちゃんとスネ夫になったなら、あるいは、ちゃんと自分の本当の名前を思い出してそれを名乗ってくれれば、何かが違う方へ動き出したのかもしれません。
 けれど、スネ夫はそのどちらもしないまま、スネ夫という名前を置き去りにして隠れてしまいました。
 彼が自分の本当の名前をどこかにやってしまったのは、彼自身のせいではなかったのかもしれません。名前を置き去りにしてでも、誰かの盾に隠れなければならないようなことが過去にあったのかもしれません。そのせいで、自分の名前を呼ばれることを知らずにずっと来てしまっていたのかもしれません。
 が、今、スネ夫という名前から逃げたのが彼自身の選択であるなら、私にはもう、どうすることもできませんでした。

 コロ助との文通はあの後しばらく続きましたが、何を言っても会話になりそうにない返事がくるだけでした。
 書き方の問題だけでなく、こちらから何をたずねても、契約はない義務はないと主張するばかりで、答えらしい答えが返ってくることはありませんでした。負けないための、プログラムでした。
 あのスネ夫が何をどう考えどう思っているのかは結局わからずじまいでしたし、また、質問にすら答えてもらえないため、スネ夫の話とコロ助の話の不一致点についても、何もわからないままでした。
 けれど、スネ夫ママがただただ「キーッ!」と言ってる様子だけは、はっきりとうかがえました。
 スネ夫ママは、初めから戦闘モードだったのでした。

 結局のところ、私はギブアップしました。
 コロ助との文通をやめたいと思いました。
 そのきっかけは、脅しでした。
 コロ助からの脅しの手紙には、
「裁判するナリ」
と書かれていました。
 株式会社スネ夫ママ相手に一個人の私が裁判することになったら、勝っても負けても損するばかりという現実的な問題はありましたが、だからといってそれが即脅しというわけではありません。
 問題は、その手紙の形でした。
 これまでコロ助からもらっていた全ての手紙は、コロ助たち弁護士がよく使う特別な郵便で送られてきていました。
 判子だらけの、特別な手紙でした。
 けれど、最後にもらった「裁判するナリ」の手紙のみ、それとは違ったのでした。
 ごく普通の速達でした。判子もコロ助の名前のところにひとつだけでした。
 時間がなくて、特別な郵便にする暇がなかったのかもしれません。
 あるいは、スネ夫ママのキーキー声にあてられたコロ助が、裁判の話は本気じゃないよ、とこっそりとメッセージを込めたのかもしれません。
 そのへんはわかりません。
 が、私は弁護士であるコロ助が、キティーちゃんの便せんをつかって手紙をよこしたことが不気味でした。
 コロ助がわざといつもの特別な郵便にしなかったのなら、なおのこと恐ろしい話でした。裁判ザマス、懲らしめてやるザマス、とがなりたてるスネ夫ママを制止しきれずにしかたなく出したものかもしれず、だとすると、スネちゃんを守るためならなんだってやるザマス、なりふりなんか構ってられないザマス、というスネ夫ママの本気宣言なのでした。
 けれど、どうだとしたって、もういいです。
 私は疲れ果ててしまいました。
 コロ助にむかって何をどう言ったところで、スネ夫はもうそこにはいないのです。スネ夫がいなければ、私はスネ夫ママにとって、お金をふんだくろうとしている悪者でしかないのです。
 私もお金を工面し、スネ夫のように、コロ助みたいな仕事をしてくれる人に身代わりを頼んで、その陰に隠れてしまえばいいのかもしれません。けれどもそれは、スネ夫がどう思いどうしようとしてるのかを知りたい、つまり、スネ夫と私の間柄とはいったなんだったんだろうかという私の疑問とはかけ離れたものになります。つまり、ただの紛争です。
 スネ夫のミスは、スネ夫とスネ夫ママがコロ助を登場させたことによってお金に換算して考える以外になくなってしまいましたが、わたしがスネ夫にまず望んでいたのは、スネ夫自身の言葉でした。
 私は、りっぱな人とそうでない人の区別を気にしていましたが、そんなことより、おまんじゅう屋さんを理解するかしないかの方が大切なのかもしれないと思いました。
 顔の見えない相手と、なんで戦うのかわからない戦いをするのは、もうたくさんでした。

 本当にギブアップでした。
 スネ夫ママの「キーッ!」は、苦痛以外の何ものでもありませんでしたが、それよりも、自分自身の体の中で巻き上がってしまうどす黒い気持に、もう勘弁して欲しいという気分でした。いくらよく手を洗ってドラ焼きを焼いても、あんこに黒いいやなものが混じってしまっている気がしました。新作はおろか、売り物にできるドラ焼きなど到底焼けませんでした。もう、材料費や生活費などといったお金の問題など、とっくに通り越していました。
「ママに弁護士さんを頼んでもらったから、もう大丈夫。絶対、絶対、僕を守ってくれるよ。だって弁護士さんなんだもん」
 風のたよりにスネ夫がそんなことを言っていたと聞きました。
 確かにスネ夫は大丈夫でした。私は、全然、大丈夫ではありませんでした。
 私も大丈夫になりたい。心からそう願いましたが、どうなれば自分が大丈夫になれるのか、わかりませんでした。
 私はコロ助に、文通は終わりにしたいという意味の手紙を書いて、今朝、ポストに入れました。コロ助相手に何かを伝えようとするのは、もう苦しいだけでした。
 コロ助ときちんと話ができれば、いつかまたスネ夫をスネ夫と呼ぶ日がくるかも知れない、あるいは、スネ夫が自分の本当の名前を思い出して、その名前を私が呼ぶことになる日が来るかもしれない、と一生懸命思うようにしていましたが、それも全て、諦めることにしたのです。

 「さあて、仕事仕事」
 ビデオのリモコンを定位置のかごに放り込んだ私は、わざと大きな声でそう言い、仕事場に入りました。
 厨房のかたすみでは、のび太が膝をかかえた姿勢のまま、真っ黒に変色して死んでいました。
 私は少しのあいだ死んだのび太を眺め、そのあと長い長い時間眺め、もう一度少し眺めてから、それを燃えるゴミ専用袋に詰め込みました。裏口から外へ出て、ゴミ用のポリバケツにそれを放り込みました。
 ポリバケツの脇にはドラえもんが立っていて、こう言いました。
「それでよかったの?」
 私はポリバケツの蓋を閉め、はみ出ていたビニール袋の縁を中に押し込んでから言いました。
「うん。いいんだ、もう」
「ずいぶん待ってたのにね」
「だめなものはだめってことなんだよ、きっと」
 ドラえもんは、ちょっと悲しそうな顔をしました。
「そっか。しかたないことってあるものね」
「そ。しょうがないんだ。しょうがないんだよ」
 ドラえもんは、なんとも言い難い複雑な微笑を浮かべた後、私がすっかり忘れていたことをきいてきました。
「ねえ、お店の看板はどうしようか」
 私は、長いため息をついてしまいました。
「看板かあ。そうだねえ、どうするかなあ」
「今はまだ無理、かな?」
「うん。無理っぽいや。いいよ、あとでゆっくり考えるから」
「そうだね。それがいいね」
 路地の遠く先で、スーパーマンさんの仕事に励む姿が見えました。
 ほどなくここへもやって来て、私が出したゴミを回収して行くことでしょう。
 私はドラえもんと別れ、厨房に戻って石けんで丁寧に手を洗いました。


                             つづく...

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