空飛ぶバディネリ ■連載読み物       《 AntennaMan 》

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『閻魔様の殉職』(第4回/全4回) by AntennaMan

『閻魔様の殉職』(第4回/全4回) by AntennaMan

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 さ、じゃんじゃんやりましょう。
 そういやね、このあいだ抜いたひとね、下が二枚あったんですよ。二枚舌なんてよくいうけど、ほんとに二枚あったのなんて初めてみたなあ。怪我でもしてそうなっちゃったのかなあ。生まれつきだったのかなあ。どういうんだろうなあ。
 なんか、こう、無性に抜きたくなってきちゃったな。あれ、結構いい音するんですよ。ご存じないかもしれませんが。なんていえばいいのかなあ。ブチッていうかポンっていうか。ズルッてのも違うなあ。ズリュ、かなあ。ゴニュ、ボチ、ブン、プン。違うなあ。
 ね、大王様、ここで営業しちゃいませんか。今、出張鑑定とかいろいろはやってるでしょ。いいじゃないですか。どうせ職務規程もなにもいいかげんなんだから。まとめて抜いておいて帰るときに連れていけばいいじゃないですか。
 ま、もうちっと飲みますか。せっかく職場から離れてきたんですもんね。仕事の事は忘れて飲まなくちゃ。
 おねえちゃん、お酒じゅっぽん。
 ねえ、大王様。あのおねえちゃん。嘘ついてると思います?
 でしょう。ちょっと呼んでみませんか。そんな、場所くらいちがったって、なんてったって大王様ですもの。ええ、あたしがちゃんと連れて帰りますから。道具ですか。ちゃんとありますよお。あたしがもってないわけないじゃないですか。このみちひとすじ、早抜きマック、なんちゃって。いえ、冗談ですよ。冗談。でも、あたしその気になれば早いですよ。早い、簡単、痛くない、どうです、このコピー。
 いいですか。ちょっとやってみますか。
 まずは聞いてみるだけですよ。今度お酒持ってきたとき。
 あ、はい、ありがと。うん、そこおいといて。
 ね、おねえさん、ちょっとちょっと。
 ねえ。おねえさん今まで嘘ついたことある。え、うそ。正直にいいなよ。だめだめ、ちゃんと顔にかいてある。あるんでしょう。嘘ついたこと。
 ないの。全く? そんなことないでしょう。どんなちっちゃな嘘でもいいから。
 え、学校さぼってバイクの免許とりにいったの。高校んとき。親にないしょで。ほかには?
 そう、じゃあその彼氏怒ったでしょ。やっぱりね。
 なに、そこんとこまだ隠したままなの。うそ。ひどいなあ。それじゃずっと嘘つき続けなくちゃじゃない。え。そうだよ。それ、立派な嘘だよ。やっぱりあるじゃない。ね。
 ほら、白状した。大王様、やりましたよ。このひと嘘ついたことがあるそうです。どうします。ここでいいですか。ちょこっと抜いちゃって。
 おねえちゃん、なにそんな怖い顔してるの。別にたいへんなことじゃないよ。この道一筋、早い、簡単、痛くない。ほら、口あけてみて。だいじょぶだいじょぶ。
 だめだ、このひと。大王様、ちょいとこのひと、ひとにらみしてやっちゃくれませんか。
 はいはい、いいこですねえ。お口をああんと、そうそう、ああんって。いたくなんてないからねえ。みんな始めはおどろくけど、なんてことはないんだからねえ。そうそう、いいこですねえ。おくちをあーんて。そ。べーって。うん。べーって。
 はい、おしまい。ね。すぐだったでしょ。早い、簡単、痛くない。ね。
 おや、なんすか、この赤いの。なんだろ。
 え、血ですか。へえ。
 ね、おねえちゃんどしたの。ほら、もう済んだから。痛くなんてなかったでしょ。
 どしたの。おねえちゃん。やだなあ、そんな真っ白な顔して。その癖赤い泡ふくなんてへんだよ。カニなら赤い顔で白い泡だよ。どしたの。やめてよ、もう。そんな怖い顔して、あたしが悪いことしたみたいじゃない。
 え、死んじゃったんですか。なんすかそれ。え、やだなあ、大王様知ってたなら教えてくれなくちゃだめじゃないですか。じゃなんですか、あたしらの職場にやってくるのは死んでからってわけなんですか。え、もう三途の川あたりにいってる。へえ。超特急じゃないですか。すごいな。でも、それじゃここにいるおねえちゃんはなんですか。あ、そうなんですか。死んじゃうとこれは関係ないんですか。おいてっちゃっていいんですか。へえ、死ぬってすごいなあ。電車にもなんにも乗らなくていけちゃうのか。へえ、便利なものだなあ。あたしらも、帰りはそうすることにしましょうよ。
 でもこのおねえちゃん、なかなか美人さんですよね。渡し船のじいさん、ちゃんと渡してくれるかなあ。自分ちに連れ帰ったりしないだろうなあ。ちょっと心配だなあ。あのじいさんぽっちゃり系の美人に目がないみたいだしなあ。
 ね、閻魔様、あたしら先回りしてこのおねえちゃん待ってましょうよ。もしこなかったら渡しのじいさんが連れてちゃったんだから。知ってます? まえも何度かあったんですよ。そういうこと。あたしらのうちじゃ有名ですよ。あたし、そういう、職種を利用したヤクトクみたいなの大嫌いなんです。早くいきましょ。死んじゃえばいんでしょ。そうすりゃ、超特急だから間に合うでしょ。
 なにいってるんですか。このあたしのこと信用してないんですか。早い簡単痛くない。プロですよプロ。あとでちゃんともとに戻しますってば。ほら、まかせて下さい。だいじょぶだいじょぶ。だいじょうぶですってば。
 おや、さすがは大王様。これまるで牛タン並みじゃないですか。立派なもんだ。やっぱ、閻魔に抜擢されるひとなんてこういうとこからして違うんだなあ。みてくださいこれ。
 あれ、なんだ大王様まで赤い泡なんかふいちゃって。そうか、これが、うまく三途の川に追いついたって合図なのか。あたしもお会計済ませたらすぐいきますから。ええと、財布と伝票は。
 はあ、よく食べたなあ。そういや、大王様からなんにももらわなかったなあ。出張手当てじゃ足りそうにないのわかってるくせに。あんなにひとりで食っといて残り全部あたし持ちじゃ、ちょっとわりに会わないなあ。でも、こうやってみると、大王もなんだかでかいだけのヒヒじじいだなあ。こんなひとの下で働いてたのか。あたしみたいな技能職、移動なんてないからなあ。こんどもっと明るく楽しい人が閻魔職についてくれないかなあ。こんないつもむすっとした人の下だと、息がつまるものなあ。
 しかしまあ、見苦しいこと。こんなの置いていったら店のひとも迷惑だろうねえ。でもあたしだって紅顔の美少年ってわけじゃないから、にたようなものか。それおいてってひとに見られるのやだな。いいや、あたしは電車でゆっくり帰ることにしよ。道に迷ったっていえばいいや。そうしよ。あたしがいうより大王様がいうほうが、渡しのじいさんこたえるだろし。
 あ、そうだ。デザートまだだったな。それ食べてから出ればいいや。なんだろ。タンのシャーベットだったりして。まさか。そいつが、壺みたいないれものにはいってたりして。ゲ。また、やなこと考えちまった。どうしていつもこうなんだろ。やだなあ。


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『閻魔様の殉職』(第3回/全4回) by AntennaMan

『閻魔様の殉職』(第3回/全4回) by AntennaMan

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 それにしてもでかいタンですねえ。よっぽど大きなひとなんだろうなあ。
 え、あ、そうなんですか。これ、牛なんですか。それは知らなかった。そうか、牛かあ。牛だったのかあ。牛のタンがこんなだとすると、いったいどうやって引っこ抜くんだろう。うちの備品のやっとこくらいじゃだめでしょうねえ。
 実はね、今考えてたんですよ。いや、もちろん冗談でですけどね。あたしらが抜いたやつ、ここへ卸したら結構もうかるかな、なんてね。いやもちろん冗談です。けど、あれをただ処分しちまうなんてもったいないな、なんて前から思ってたんですよ。いや、食べようなんて思ってもみなかったんですけどね、貧乏症っていうか。なんかもったいないなって。でも、あれどうに処分してるんですか。はあ、大王様もご存じないんですか。
 あたしらの部署、第三セクターにしてもらったらどうでしょうね。そいでタンを売り払って利益を上げるようにして、イメージアップの宣伝したりなんかして。ね。「脅威!嘘をついても痛くない」、なんてコピーつけて。あたしゃこうみえてもやっとこの使い方にゃ自信があるんですよ。だれもほめちゃくれませんけどね。でも宣伝はだめですか。そうですよね。やっぱね。
 ああ、なんか舌抜く話なんかしてたらやりたくなっちゃったなあ。職業病なのかなあ。なんか舌ぬきたくなっちゃったなあ。
 おお、これがタンのステーキですか。ジャンボですなあ。でかいでかい。でも、これも、そのもの丸ごとじゃないんでしょ。切ってあるんでしょ。牛かあ。牛なんてうちにゃこないものなあ。いっかい抜いてみたいなあ。
 大王様、あたしゃ前々から不思議に思ってたんですけど、なんでうちの業務は一本化しないんでしょうね。保健所なんてみんなどんどん統合しちゃってるってのに、うちはひとに関する業務ばっかでしょ。ま、イワシの舌をいっぴきいっぴき抜くのもなんだかなあと思いますけど、いっかいくらい牛も抜いてみたいし。
 え、あ、そうなんですか。嘘をつきそうにないから初めからフリーパスなんですか。なあんだ。そうだったのか。どうりで。
 いや、ついおしゃべりをしてしまいました。冷めないうちにいただきましょう。
 いや、こいつはボリューム満点。うわ、すごい。うわ。ジャンボ、ジャンボ。
 やあ、おいしいですねえ。炭火焼きもよかったけど、こう迫力で責められるとなんていうかもう。
 なんかあたし、勢いがついちゃいましたよ。もうすこしお酒たのんどきますか。コースの料理はデザート以外もう終わりだと思うけど、大王様もまだいけますよね。
 おねえちゃん、おねえちゃん。ここお酒追加。うん、十本でいい。さっきのちょっとぬるかったよ。もうちょっと熱くして。あとさ、なんかつまみになるようなの他にない。そう、じゃそのタンの干物がいいな。うん、十こ。あと、これなに。燻製。コースに入ってたっけ。いいや、それも追加。うん。十こね。大王様、他になにかありますか。いいですか。じゃ、とりあえず。


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『閻魔様の殉職』(第2回/全4回) by AntennaMan

『閻魔様の殉職』(第2回/全4回) by AntennaMan

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 さ、来ました来ました。煮込みとあぶり焼きですか。あ、おねさん、ビールあと十個追加。空いた器もってっちゃって。じゃまだから。え、なに。あっそう。おねえさん、面白いひとだねえ。ビール早くね。
 ほう、ちゃんと炭が入ってるじゃないですか。あたしゃこの炭ってのが好きでねえ。ほら、こうやって吹くと、赤いところがぶよぶよ動くでしょ。これがおもしろくってねえ。子供のころは炭火起こすたびにふうふう吹いて遊んでました。ほら、こやってふうって。
 あ、すいません。申し訳ない。灰が飛んじまった。失礼しました。このおしぼりお使いください。あたしゃどうも、こう、うっかりものでして。すいません。ほんとに。
 さ、ビールも来ました。じゃんじゃんやってください。あ、おねえさん、このタン、塩かかってるの。え、ないよ塩なんか。あ、これ。これがそうなの。入れ物、立派すぎてわからなかった。ごめんよ。
 だめですなあ。塩って思ったらすかさず青いキャップ探しちゃいましたよ。これはどこ焼きなんでしょうな。実に立派な塩壷だ。しかし、タンを食わせる店で塩壺なんて、どうも良くないですな。タン壺なんちゃって。あ、いや、失礼。
 じゃんじゃんやってください。これ、焼きすぎちゃおいしくないそうですから。あたし、ちゃんと調べてきたんですよ。あ、塩かけすぎちゃった。だめだなあ。やっぱり青いキャップの塩じゃないと、あ、そうかこの小皿にとって、指で詰まんでかければ。ほら、ばっちり。あ、スダチとネギはここにありますから。はい、これもういいですよ。どうぞどうぞ、あたしはこっちをいただきます。
 ほう、これはいい。サシミもマリネもうまかったけど、この炭火焼きはうまいですなあ。うん。うまいうまい。さ、大王様。じゃんじゃんやってください。これも、もう焼けてますよ。
 たまにはこういうのもいいもんですなあ。あたしはついこの間まであたしらの仕事は年じゅう無休があたりまえだと思ってました。ちょっくら門を締めるだけで、こうやって出かけてくることが出来るだなんて、まるで目から鱗ですよ。そうでなけりゃ、こうやってこの店におつれすることも出来なかった。それに今回は研修にしてもらったから出張扱いでしょ。なんでもいってみるもんですな。大王様だって、働きづめじゃまいっちまいますよ。
 考えてみりゃ、職務規定なんてなにもなんにも知らされてなかったわけですもんね。特に決まってなかったのかなあ。ね、こんど三途の川の渡し場に仮眠室付きの待合所でも作ってもらうよう申請しましょうか。そうすりゃどこか温泉旅館に泊まり込みの研修だって夢じゃない。あたしゃいっかい釣りってのをしてみたかったんですよ。極楽の池みててそう思ったんだけど、まさかあそこでやるわけにはいかないでしょ。
 大王様、こんど休暇とってご家族てここへこられたらどうです。そしたらこの座敷に予約いれときますよ。途中別の座敷ものぞいてみたんですがね、ここが方角といい掛け軸の絵柄といい、一番ですよ。
 あと何品くらいあったっけな。お酒と、あと網焼きの追加でもしときますか。たしか、タンのジャンボステーキも来るはずだったけど、網焼きならもっと食べますよね。
 なんか、ほんとすっかり酒も弱くなっちまいました。これっぱかしのビールであたしゃもう、すっかりいい塩梅で。いえ、あたしのことは気にしないでどんどんやってください。あ、おねえちゃん、おねえちゃん。ここお酒。えっ。熱燗と冷やどっちにします。あ、はい。じゃ、あつかん。うん。おっきいほうので十本ばか。
 え、なにこれ。タンシチュー。あそう。へえ、これ、シチューなの。
 なんか、シチューってったら具だくさんのスープみたいなのかと思ってたら違うんですねえ。へえ、こういうのか。これがタンシチューねえ。へえ。これ、日本酒じゃないほうが良かったですかね。ビールたのみますか。あ、そうですか。いいですか。いえ、あたしも日本酒で結構です。

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『閻魔様の殉職』(第1回/全4回) by AntennaMan

『閻魔様の殉職』(第1回/全4回) by AntennaMan

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 じゃ、早速注文といきましょう。
 おねえさん、ここいい? はい、じゃ、タンのコースを十人前、そう、その一番品数の多いやつ、うん。あとは単品でタンサシを十人前。飲み物はとりあえずビールでも持ってきて貰おうかな。そう、大ジョッキで十こ。なに、大丈夫。多すぎやしないよ。じゃ、よろしく。
 しかし、なんですなあ。こんなタンばかり食わせる所があるとは、驚きですなあ。あたしゃ大王様の所につとめてもうずいぶんと長いことになりますが、つい最近まであれを食うなんて思ってもみたことがありません。ところが女房の読んでる雑誌をなにげなくめくってみたら、でかでかとタン料理の店なんてのってるじゃないですか。こいつは是非一度大王様をご案内しなくてはと思いましてね。
 タンが食べられるものだってのはご存じでしかたか。ほう、そうですか。さすがですな。しかし、公私混同っていうかぴんはねっていうか、そういうのはいけませんわな。知っていながら食べないでいたなんて、やはりさすが閻魔大王様です。あたしゃ、役得役得などといっているやつらをみると本当に腹が立つのですよ。極楽いくとよくいるでしょう。ま、大王様のおそばに控える仕事のおかげで立派な衣装を着ていられるのは役得っていやあそうですがね。ときにゃ、いっつもふんどししか支給されない赤鬼や青鬼が哀れになることもありますよ。
 あわれっていやあ、神さんや仏さんらもまあ哀れですね。いっつもあんな粗末な布切ればかりで。
 この前の雨の日ね、みちゃったんですよ、みちゃったっていったって大したもんじゃないですが、あのいつも池の左っかわにたってる神さんがいるでしょ。あのひと結構毛深いんですよ。だから雨に濡れた服にすね毛やらなにやらが透けてみえててね。神様の役につく人は毛深くちゃいけないなんていったら差別につながるでしょうからそうもいえませんが、なんか、どうもイメージがねえ。せめて、もう少し立派な、濡れても毛が透けないような服を支給してもらえればいいのになんて思いましてね。
 最近いい布地もあるんでしょ。白い水着用のやつとか。そういうの導入すればいいのに、どうも体質が古いっていうかなんていうか。ねえ。毛はいけませんよ毛は。やっぱその職業イメージってのはいっくら職種に貴賎がないっていってもなんだかんだとつきまといますからねえ。

 おや、なんですかこれは。ほう、つきだしはタンのマリネですか。じゃ、ビールも来ましたんで早速乾杯といきましょう。
 さすが、いい飲みっぷり。あたしゃ最近はとんとだめですわ。飲みすぎると翌日はほんとに仕事になんなくて、晩酌もひかえているんですよ。いや、今日は大丈夫です。こんな機会に飲まないっててはありません。とことんやらせていただきます。ビール追加しときますか。そうですか。そうですね。あったまっちゃいますもんね。
 ときに、今回の人事移動、あれはいったいなんなんでしょうな。いくらなんでも針山要因減らしすぎだと思いませんか。あんなんで事故でもあったらどうするってんでしょうね。ただでさえ危険な部署だってのに。ま、前回の機構改革で、舌抜きを技能職にして貰えたおかげであたしゃ仕事にありつけたわけだから、上のやることに文句いえる立場じゃないですがね。
 でも、いろいろよくわかんないことありますよ。昔は閻魔職についた人が舌抜いてたんでしょ。え、鬼だったりもしたんですか。なんだかわかんないな。閻魔職が天上界にあったときもあるって話きくと、もう思考停止っていうかそんな感じで。ま、昔のことは別にどうでもいいんですけどね。
 でもだいたい、大王様に人事権がないってのはおかしいですよ。なら地獄の大王なんていいかた辞めるべき、あ、いやお気をわるくしたら申し訳ない。そういうことじゃなくて、昔はともかく、今のあたしらの部署はただの地獄の入口ってことになったわけでしょ。それなのに建物の作りはまるで地獄だし、大王様も地獄の大王のままだ。せっかくわかりやすい組織に機構改革されたってのに一貫性がないわけですよ。出向ならちゃんと出向ってあつかいにすればいいのにそういうわけでもない。ま、子供らにはただ地獄とか極楽っていうより閻魔様のところっていったほうがうけがいいから、おやこれも職業イメージってやつですか。

 きましたきました。これがタンのサシミですか。おねえさん、たれはこれ? ほう、このネギを挟んで。さ、大王様どうぞ。どうですか。そうですか。よかったよかった。じゃ、あたしはこのマリネから。
 おや、これはいけます、いけます。あたしゃ、このマリネにはいっているタマネギが好きでしてね、ほらこの薄皮だったところが糸のようになるでしょう。こいつがほんとに好きでして。


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『青い巣』(第16回/全16回) by AntennaMan

『青い巣』(第16回/全16回) by AntennaMan

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 僕は今、部屋の水を抜きにかかっている。
 子供達が流れ出てしまわないようゆっくりとだから、まだ幾日もかかるだろう。当面、急がなければならないのは、あの夜以来姿を見せないケガニを探すことだ。この先の彼の行く末は完全に僕の手中にあり、正直、どうしたらいいか悩んでいる。僕達の子供を随分食べてしまった憎い奴だとはいえ、つれなくはしたくない。僕とサアの生活への数少ない出演者のひとりだ。
 サアが編みかけていたテグスのセーターは、排水口にセットしてある。青と赤の糸はとうとう使わずじまいで、透明なそれはまるで網にしか見えないから網に使った。サアの編んだ網にサアと僕の子供がトラップされるのだ。
 もう、いくつか集まりだしている子供たちを拡大鏡でのぞいてやれば、僕やサアの面影をみてとることができるのかもしれない。でもそうする気はとうていおきなかった。見てしまえば、また新しい関係が始まってしまうからだ。
 サアの下半身、つまり魚の部分は、古沢がもっていった。いくらなんでも上は切り身になんねえ、と冗談をそえて引き取っていったのだ。側溝にはまっていた上半身は、渋る斎藤から借りた車で山へ行き、僕の手で埋めた。ただ、体が重くて深い穴は掘れなかったので、今ごろ犬にでも発見されてしまっているかもしれない。
 そうなるとおいおい警察がやってきて僕は取り調べを受けることになるだろう。道を尋ねたキノコ採りの地元の人に道端でお茶をごちそうになったりで、かなり目立った行動をとっているから知らんぷりは出来なそうだ。
 サアの体を埋めたあとに、明るい十月の陽射しの中で見ず知らずの人からお茶をごちそうになるのは、涙が出るほどに悲しくそして幸せだった。実際僕は、お茶の入った水筒のふたを持ったまま泣いてしまい、爪の先を真っ黒にした男や女達から、へんな兄さんだなあと笑われた。僕も泣きながら笑い、ますます彼らに笑われた。光に満ちたゴザの上はあっけないほどにスカスカの世界で、いささか下卑た笑い声も心地よく響く、そんな青い空の底だった。
 僕の容疑は死体遺棄かもしれないし、動物虐待かもしれない。しかしいずれにせよ、すぐ釈放してもらえると思う。どちらもあてはまらないからだ。
 ゴミの不法投棄の線もあるが、それならそれで素直に受けよう。この世にゴミにならないものなど何もなく、死んだ人魚の上半身などまさにそれだろうから。面倒なことはいやだ。
 気になるのは捨てるのではなく拾う方で、サアには、サアという名前を含めてずいぶんとたくさんいらないものを拾わせてしまった。これはいったい何違反になるのだろう。見当もつかない。
 警察は初めてだからどんな扱いを受けるのか知らないが、出てくるまでに時間がかかるなら、古沢に頼んで僕の子供のつくだ煮でも作って差し入れてもらうつもりだ。
 これからの僕は、魚だって食べられるようになろうと思う。小さいのから少しずつ始めれば、いずれはどんな大きなのでも食べられるようになるだろう。
 おそらく、古沢は彼女の下半身を塊のまま倉庫の片隅に隠してとっておいてくれている。僕のためかどうか知らないが、きっとそうだ。そこへ行き着くまでまだ少し時間はかかるだろうが、マイナス四十度なら心配ない。

 そう。愛があればなんでもできる。
 そんなふうに僕達は育てられたのではなかったっけ。

                       (おわり)

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