空飛ぶバディネリ 2008年06月

空飛ぶバディネリ

♭ いろいろな読み物などを掲載します。リンクはご自由にどうぞ。

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『青い巣』(第16回/全16回) by AntennaMan

『青い巣』(第16回/全16回) by AntennaMan

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 僕は今、部屋の水を抜きにかかっている。
 子供達が流れ出てしまわないようゆっくりとだから、まだ幾日もかかるだろう。当面、急がなければならないのは、あの夜以来姿を見せないケガニを探すことだ。この先の彼の行く末は完全に僕の手中にあり、正直、どうしたらいいか悩んでいる。僕達の子供を随分食べてしまった憎い奴だとはいえ、つれなくはしたくない。僕とサアの生活への数少ない出演者のひとりだ。
 サアが編みかけていたテグスのセーターは、排水口にセットしてある。青と赤の糸はとうとう使わずじまいで、透明なそれはまるで網にしか見えないから網に使った。サアの編んだ網にサアと僕の子供がトラップされるのだ。
 もう、いくつか集まりだしている子供たちを拡大鏡でのぞいてやれば、僕やサアの面影をみてとることができるのかもしれない。でもそうする気はとうていおきなかった。見てしまえば、また新しい関係が始まってしまうからだ。
 サアの下半身、つまり魚の部分は、古沢がもっていった。いくらなんでも上は切り身になんねえ、と冗談をそえて引き取っていったのだ。側溝にはまっていた上半身は、渋る斎藤から借りた車で山へ行き、僕の手で埋めた。ただ、体が重くて深い穴は掘れなかったので、今ごろ犬にでも発見されてしまっているかもしれない。
 そうなるとおいおい警察がやってきて僕は取り調べを受けることになるだろう。道を尋ねたキノコ採りの地元の人に道端でお茶をごちそうになったりで、かなり目立った行動をとっているから知らんぷりは出来なそうだ。
 サアの体を埋めたあとに、明るい十月の陽射しの中で見ず知らずの人からお茶をごちそうになるのは、涙が出るほどに悲しくそして幸せだった。実際僕は、お茶の入った水筒のふたを持ったまま泣いてしまい、爪の先を真っ黒にした男や女達から、へんな兄さんだなあと笑われた。僕も泣きながら笑い、ますます彼らに笑われた。光に満ちたゴザの上はあっけないほどにスカスカの世界で、いささか下卑た笑い声も心地よく響く、そんな青い空の底だった。
 僕の容疑は死体遺棄かもしれないし、動物虐待かもしれない。しかしいずれにせよ、すぐ釈放してもらえると思う。どちらもあてはまらないからだ。
 ゴミの不法投棄の線もあるが、それならそれで素直に受けよう。この世にゴミにならないものなど何もなく、死んだ人魚の上半身などまさにそれだろうから。面倒なことはいやだ。
 気になるのは捨てるのではなく拾う方で、サアには、サアという名前を含めてずいぶんとたくさんいらないものを拾わせてしまった。これはいったい何違反になるのだろう。見当もつかない。
 警察は初めてだからどんな扱いを受けるのか知らないが、出てくるまでに時間がかかるなら、古沢に頼んで僕の子供のつくだ煮でも作って差し入れてもらうつもりだ。
 これからの僕は、魚だって食べられるようになろうと思う。小さいのから少しずつ始めれば、いずれはどんな大きなのでも食べられるようになるだろう。
 おそらく、古沢は彼女の下半身を塊のまま倉庫の片隅に隠してとっておいてくれている。僕のためかどうか知らないが、きっとそうだ。そこへ行き着くまでまだ少し時間はかかるだろうが、マイナス四十度なら心配ない。

 そう。愛があればなんでもできる。
 そんなふうに僕達は育てられたのではなかったっけ。

                       (おわり)

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『青い巣』(第15回/全16回) by AntennaMan

『青い巣』(第15回/全16回) by AntennaMan

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 僕はサアから目をそらしながら思い返した。僕が長い眠りから目覚めたとき、サアは、生きててよかった、といった。しかし、そのときの彼女は僕が死んでしまっていてもそれはそういうもので仕方がないと思ったのではないだろうか。
「ねえ」
 その声に再び目を上げれば、明るい水面を背にしたサアが、痩せて一段と大きくみえる瞳で僕を見つめていた。その姿は、弱った体だとはいえ実に整った形をしていて、細い首や肩から腕への線、小さく突き出す乳首を乗せた胸の丸みが美しかった。
 と、僕は自分が欲情していることに気がついて愕然とした。目の前のサアだけでなく、記憶の中のサアまでもが、僕の内で単なる裸の女へと変換され出すのを止めることが出来ず、僕は慌てふためいた。それに気がついているのかいないのか、僕を見据えるサアの瞳は恐ろしい程に澄んでいた。
 息苦しくなった僕は玄関へいって水から顔を出し、大きく息をついた。なんの重みも手ごたえもない空気の中で息を出し入れするたびに、今までの生活全てがすうっと体から離れていくようだったが、やめることができなかった。背中に感じるサアの視線が、痛く、切なかった。
 新鮮な空気を胸一杯に吸い込みながら僕は思い出す。まだ、水が膝までも来ていなかった頃、蛇口から絶えず水の音が聞こえる中で、ずるりとバスタブから抜け出たサアがバシャバシャと部屋中泳ぎ回っていたときのことを。家具類に重りをつけるのに忙しい僕の邪魔をするサアは手に負えない程すばしこく、はしゃいで暴れ回る彼女を追って何度転んだかわからない。僕らは身体中を使って水を掛け合い、何もかも、手放しで笑いあった。
 そんな僕たちの部屋は下から次第に高い密度で埋まってゆき、出来上がったのは、ふたりだけの小さな巣だった。
 僕の鼻孔にはそのころ常にくるまれていた微かな塩素臭が甦る。新しい生活の匂い。サアとの暮らし始めの匂い。水面が蛇口の高さを越えたときに水道の音はしなくなり、いつしか水の匂いも全く感じなくなっていた。
 僕はゴーグルをとり、滲みはじめる涙を手で拭った。身体中を濡らしている水もまた涙と似たような塩水であることが、笑い出したい程ばからしいことに思えてしかたなかった。
 その時だった。頭の上からバシャッという音がふりかかり、続いて背中に大きな水圧を感じた。と、同時に部屋の外から車の激しいブレーキ音が聞こえ、ふりむいた僕は青く霞む水の中にサアがいないことを知り、慌てて外へ飛び出した。
 道路には大きなトラックが停まっていて、その傍らに大きな魚の下半分がころがっていた。
 降りてきた中年の運転手は僕のびしょ濡れの髪の毛を鷲づかみにし、ぐらぐら揺すりながらいった。
「なんだこりゃ。えっ。ふざけたことすんじゃねえよ。えっ。屋根から魚投げるなんて聞いたことねえぞ。えっ」
 それが結末だった。
 水着一枚のまぬけな姿でうなだれる僕は、ただひたすらにあやまり続けるしかなかった。

       *

 こうして僕の夏は終わった。
 いかにもそこいらに転がっていそうな言い方に僕の夏を押し込めるのは、小さな部屋で過ごした僕の夏の物語らしくて、とてもいい方法だと思う。
 こうして僕の夏は終わった。

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