空飛ぶバディネリ 『しずかちゃんの遺言』8
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『しずかちゃんの遺言』8

 『しずかちゃんの遺言』 (第8回/全__回)

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8.


 湯船は一向に見つかりませんでしたが、四月に入れば寒さもやわらぎ、調査はずいぶん楽になってきました。
 特に私が楽でした。雪の中からジャイアンを掘り起こしたりする必要がなくなり、凍らなくなったジャイアンは、ちゃんと自分の足で歩いてくれるからです。
 調査なか日の昼頃、三番の地点のジャイアンのところへ巡回に行ったときのことでした。
 ランチジャーからあふれだすほどのラーメンをほおばりながら、ジャイアンが言いました。
「おい、見つかったらしいぞ」
「え?」
「湯船だよ、湯船。さっき、スネ夫たちが戻って来て言ってた。この近くらしいよ」
「へえ、とうとう見つかったんだ」
「ああ」
「そうかあ、見つかったんだあ。見てみたいなあ、しずかちゃんの湯船」
「だなあ、おれも見てえよ」
 別の場所の別のしずかちゃんの調査で何度もしずかちゃんの湯船を見たことのあるはずのジャイアンでしたが、私の思いに言葉を会わせたというふうでなく、そう言いました。
 ジャイアンが言いました。
「でな、この話は他のジャイアンには言わないでいてくれってさ」
「え?」
 私には解せませんでした。今日は湯船発見を祝って大宴会になるものだと考え、既に宴会のメニューに思いを馳せていたのです。
「みんなが湯船のありかを知ったら、勝手にひとりで見に行っちまうやつがいるかもしれないからな。そしたら調査に支障がでるかもしれない。それと、今日は十三番の地点に臨時でフーマンチューが入ってるじゃないか。あいつに知られるのは危険なんだ」
「どういうこと?」
「しずかちゃん親衛隊に情報が流れかねないってことさ」
 しずかちゃん親衛隊!
 ジャイアンの話によれば、親衛隊には二種類あるそうです。
 そのうちの一種類はいろんなタイプのひとがいる親衛隊でした。
 その親衛隊には、しずかちゃんが大好きでしかたなく、命がけでしずかちゃんを守りたいと言う人もいれば、「自分はしずかちゃんの見方なんだよ」と思っているだけで嬉しい人もいます。しずかちゃんのことそのものはさておき、みんなで集ってお祭り騒ぎをすることに喜びを感じている人もいます。しずかちゃんを守る人に出会うとついつい褒めてしまうクセがある人にむかって、「自分はしずかちゃんを守っているんだぞ」と言うために親衛隊に入っている人もいます。
 そしてもう一種類は、おれが見つけたしずかちゃんだぞ、おれたちが守っていたんだぞ、と言って、出木杉くんの会社をはじめ、いろんなところからいろいろな意味のお金をもらって暮らす親衛隊です。時と場合によっては、自分の土地でしずかちゃんが暮らしているのを知った人が、自分の土地の価値を上げるためにこの親衛隊に入隊することもあります。
 こういった親衛隊に湯船のことを知られたら、やっかいなことになると言うのです。
 どうやっかいなのかときいてみると、親衛隊が「この土地に温泉センターを作ることについてどう思う?」なんていう質問をたくさんの人に向かって大声でし始めると、しずかちゃん保護と温泉センター建設に関して興味がある人もない人も、それぞれの思いの中で賛成だの反対だのと手をあげ始めます。どうだってよかったことでも、何度も繰り返し大声でたずねられると、何か答えなくてはいけないような気がしてくるからです。で、一旦手をあげる人が出てきてしまうと、みんなが納得して手を下ろすことのできる落としどころを見つけるのはとても難しくなるからということでした。そうなってからの多数決なんていうのは、「なんとなく反対」の人を「絶対に反対」の人に変える仕掛けでしかありません。
 つまり、解決しようのない問題を抱えることにより、いずれは作られるに決まっている温泉センターの建設が遅れ、様々な意味でお金もよけいにかかることになるという話です。大きな声を出しそうな人とはかかわらないようにしておくのが一番なのです。
 温泉センター建設そのものが本当に決まり切った話なのか、変更すらきかない話なのかということについては、それはまた別の話とのことでした。
 私にはなんだかよくわからないところもありますが、スネ夫からすれば、しずかちゃん親衛隊というのがやっかいな存在でしかないというのは確かなことでした。
「へえ、いろいろあるんだねえ」
「おうよ」
「僕は、湯船がみつかったことを聞いちゃってよかったのかな」
「いや、おまえには言っといてくれってスネ夫に言われたんだよ。連絡係にないしょにしとくのは無理だろうってことだろ、きっと」

 その日、夕方近くになって私はこっそりスネ夫によばれ、湯船につれていかれました。湯船の証拠写真撮りは三人必要だということと、ジャイアンの言った通り、連絡係りが知らない訳にいかないだろうということでした。
 思わぬ幸運に喜び舞い上がりそうな気持と、湯船の発見を知らないジャイアンたちへの後ろめたい気持の両方をおさえ、私はスネ夫と湯船ジャイアンの後についてしずかちゃんのお風呂場の中へ分け入りました。
 しずかちゃんの湯船は、迷宮の奥の、小さな踊り場のようになった場所にひっそりとありました。
 何かを見つけるというのは、こういうことなのかもしれません。しずかちゃんの湯船は、スネ夫たちの武勇伝で聞かされていたような危険でダイナミックな道を通る必要の全くない、ごくささやかな場所にありました。スネ夫と湯船ジャイアンが何度も通り過ぎていたところのすぐ脇でもありました。
「これ以上近づかないで」
 スネ夫が小さな、けれど、厳しい声で言いました。
 林立する柱やしっとりと濡れた植物の隙間をすかして、ほんの三十メートル程先にしずかちゃんの湯船がみえました。その周囲だけに、この世のものとは思えない特別な空気が漂っていました。
 しずかちゃんの湯船はガラス製でした。
 繊細なデザインの四つの脚に支えられ、優美な曲線を描いた、それはそれは美しい湯船でした。
 私は、うっとりと眺めました。
 ここでしずかちゃんは入浴する。足の先からそっと体を差し入れ、ちゃぷんと体をしずめて入浴する。
 神秘的な感じさえしました。
「ひみつだよ」
 ぼうっとしている私の耳に、スネ夫の声が流れ込んできました。
 ひみつ。そう、これはひみつの場所にある、しずかちゃんのひみつの湯船でした。
「湯船のことはひみつだからね。絶対ひみつだからね。この場所は誰にも言っちゃいけないよ。言ったら僕が会社をクビになっちゃうんだからね」
 クビ。そう、首までお湯にゆったりとつかるしずかちゃんの姿が、私には見えるようでした。ガラスの湯船を透かして、その肢体が見えるようでした。
 すっかり見とれてしまっていた私は、「写真をとるよ」というスネ夫に袖をひっぱられ、やっと我に返りました。
 湯船ジャイアンが看板を持ち、私が湯船を指さし確認するポーズを数パターンとりました。双眼鏡を使ったポーズのときには、間近に見えるガラスの輝きに目眩がしてころびそうになりました。
 しずかちゃんの湯船は、深い迷宮の中で静かに光を放つ宝物でした。汚すことの許されない清浄な一角に、神々しく鎮座していました。
 証拠写真の撮影が終わり、私たちは夕闇が迫る道を基地へと急いだのですが、何度も通ったことのある道から見える景色が、今までとはまるで違うものに感じました。
 広大で散漫で、いったいどこまで続くかわからない迷宮に思えていたしずかちゃんのお風呂場でしたが、そこにある何もかもひとつひとつが、湯船との関係において有るべきところに巧妙に配置された、かけがえのないものに見えて来たのでした。

 日が沈む頃、私たちは基地に戻って来ました。
 大宴会とはほど遠い、いつもの夕食がはじまりました。
 ここにいるひとたちのうち、少なくとも四人は湯船のことを知っています。
 湯船探しがこの調査の大きな目的の一つだったのに、ジャイアンたちのたぶん半分くらいは湯船が見つかったことを知りません。フーマンチューも知りません。
 翌日も何事もなかったように調査が行われ、巡回先で、
「今日こそは、湯船が見つかるかなあ」
と言うジャイアンに、知らんぷりして、
「どうだろうねえ」
と言う私は胸が苦しくなりました。
 みんなが湯船の発見を心待ちにしていたはずだとか、この調査自体、一致団結したみんなの協力によっていい結果を出そうというものじゃなかったのか、などといった学芸会ノリの話をするつもりじゃありません。
 つい一昨日まで、ミーティング時のデータ報告はスネ夫のコメントによって湯船のありかに結びつけられて解釈されていました。報告者もまた、そんなスネ夫が考察しやすい報告の仕方を心がけていたようでした。
 ですので、湯船についてすっとぼけたままでいるのは、あまりに白々しいのです。昨日のミーティングにしても、とても際どいものでした。
 フーマンチューの件はやっかいなのかもしれませんが、早いところ情報を共有して宴会でも開かないことには、どうにもならないように思えました。

 最終日の調査も終了し、ミーティングが行われました。しずかちゃんの湯船発見については一言もないまま、スネ夫は解散の合図である「お疲れさまでした」という言葉を口にしました。
 みなが帰りの車に乗り込もうとしたとき、フーマンチューがスネ夫にたずねました
「湯船、見つかったあるか」
すると、おどろいたことにスネ夫はごくあっさり、
「ゆ、ゆ、ゆ、ゆ」
と言って、湯船が見つかったことを告げました。ジャイアンたちがいっせいに振り向きました。
 が、そのあとスネ夫は突然中国人のものまねを始めました。
「ゆ、ゆぷねさがし、とても、むつかしいある。さぱりあるよ」
 スネ夫は、ジョークの受信・発信のセンスが全くないやつでしたが、物まねのセンスもまた、結構きびしいものがあると私は思います。


                             つづく...

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