空飛ぶバディネリ 『しずかちゃんの遺言』9

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『しずかちゃんの遺言』9

 『しずかちゃんの遺言』 (第9回/全__回)

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9.


 しずかちゃんの湯船を見つけたスネ夫は、傍目で見ていて少々恥ずかしくなるほどに張り切っていました。
 四月の調査が終了した翌日から、私はスネ夫から内勤に呼ばれ、調査結果をまとめたり会議用の資料を作る作業を手伝いました。スネ夫はいつもひとりぼっちで仕事をしていたので、湯船の発見で急に増えた作業にてんてこ舞いでした。
 私は、ドラ焼き作りの仕事をなんとかやりくりしてスネ夫を手伝いました。特に営業活動を圧迫しているのを感じてはいましたが、スネ夫のかかえている仕事がひとりでこなせるようなものでないことは、わかり過ぎるほどわかりましたし、私自身の動機として、しずかちゃん調査の仕事にもっとかかわり、しずかちゃんのことをもっと知りたいというのがありました。
 そんなある日の午後、スネ夫はしずかちゃんの湯船にビデオカメラをしかけると言いだしました。
「ひらめいたんだ、ひらめいちゃったんだよ」
 スネ夫は、常日頃から思いつきをひらめきと呼ぶクセがありました。そして、思いつきをすぐ実行に移すクセもありました。
 私も一瞬「おっ」と思いましたが、すぐに、そのスネ夫の思いつきはとても危険なことだと思い当たりました。カメラがあることがばれたら、警戒したしずかちゃんがお風呂に入らなくなってしまうかもしれないからです。そしてそれは、お風呂好きのしずかちゃんの死につながるかもしれないのです。
「なにも湯船のすぐ脇につけようってわけじゃないよ。遠くから慎重に狙うから、絶対に大丈夫だよ」
 スネ夫はそう言いましたが、私ははらはらしました。
「べつに、今しずかちゃんの入浴を盗み撮りしなくたっていいじゃない。無理してしずかちゃんに警戒されるより、あのままずっと機嫌よく暮らしてもらった方が、得られるデータだって多いんじゃないのかな」
 仕事としてしずかちゃんの入浴シーンの撮影を依頼されてるわけでもないし、しずかちゃんの入浴の仕方そのものの研究をしようってわけでもないのだから、と、私は付けたしましたが、スネ夫は
「今撮らないで、いつ撮るっていうのさ」
の一点張りでした。
「それにね、盗み撮りじゃなくて調査だってば」
そう言って、よおし、とガッツポーズをとりました。
 しずかちゃんの入浴に関しては、湯船に入るとき右足から入るときが多い、という僅かばかりの知見はありましたが、その前に手で湯加減を確かめるかどうかといった詳しいことは未だ謎です。ビデオ撮影を強行すれば、しずかちゃん研究者にとってはのどから手がでるほど欲しい情報が得られるかもしれません。が、今回の仕事は、しずかちゃんがその湯船を使うことをやめてしまうリスクをしょってまでその方面のデータを集める必要のあるものではないはずですし、そもそもスネ夫は、調査の仕事はしていても研究なんてまるでしたことがなく、そんなものに興味もないのです。
 しずかちゃんの研究に情熱と冷静さを持ち合わせているしずかちゃん専門家が、慎重な準備の上でやることならわかるのですが、今、私たちが調べているしずかちゃんをそんな思いつきのようなやりかたでのぞいてはいけないと思うのです。
 けれどスネ夫は本気でした。しずかちゃんの入浴シーンを撮影し、出木杉くんたちを驚かしてやるんだと息巻きました。
 私には想像できました。
 スネ夫からの調査報告を受けた出木杉くんは、仕事の成果として先生にみせて採点してもらいます。そして、つけられた点はスネ夫の得点そのものでした。
 ビデオを見せれば、出木杉くんも先生たちも大喜びするはずです。もっといい点をスネ夫につけ、もっとたくさんの仕事をスネ夫に出すはずです。
 スネ夫はスネ夫ママにも褒められるはずです。
 毎日文句を言いながらも本当のところはスネ夫ママに頼りきっているスネ夫です。スネ夫ママに褒められるのは何よりも大事なことのはずでした。
 もちろん、私にもしずかちゃんの入浴する様子を見てみたいという欲求はありました。入浴ばかりでなく、しずかちゃんの何もかもを知りたいと思っていました。出来ることなら、しずかちゃんの研究すらしてみたいと思い始めてもいました。
 なぜしずかちゃんが入浴するのか。しずかちゃんは入浴するとどうなるのか。いったいいつからしずかちゃんは入浴するようになったのか。しずかちゃんはなぜこんなにも広いお風呂場を必要とするのか。なぜ温泉センターではだめなのか。混浴ではだめなのか。
 しずかちゃんの喜びと悲しみや、現在過去未来のしずかちゃんの全てを知り、しずかちゃんが今、この世に生きているということの意味について考え、研究してみたいと思うのです。いったいなぜ、しずかちゃんが入浴シーンをのぞかれるのをこれほど嫌うのかという問題だけ選んでみても、とてもやりがいのある研究になりそうでした。
 けれど、スネ夫が考えるやり方はリスクが大き過ぎました。
 ジャイアンにはテレビの見過ぎと言われて笑われるに違いありませんし、私自身そうなんだろうなとは思いますが、いつの日か私たちはしずかちゃんと友達になって、一緒にしずかちゃんの広いお風呂場をかけまわり、一緒にお風呂に入りお湯をかけあって遊ぶことだってできるかもしれない、と思ってしまったりするのです。
 これがただの子供じみた夢想でしかないことはわかっています。しずかちゃんがしずかちゃんでいるかぎり、実際にそんなことができるはずはありません。水着を着てお風呂に入るなんて方法も論外です。
 けれど、私たちがしずかちゃんのことを知ろうとしたせいでしずかちゃんが警戒し、お風呂に入るのをやめ、臭くなり、どこかへ行って死んでしまったりするのはどうしてもいやでした。
 せめて今、この時間、あそこでしずかちゃんが機嫌良く暮らしているんだなと思っていたいと思いました。無理をしてのぞき見するより、こう思っていられることのほうがずっとずっと大切なことだと思いました。
 たとえそれが、温泉センター建設工事が始まるまでのタイムリミット付きになろうとも。
 ただし、このあたりのことをどう考えるのかは、なかなか難しいことでした。
 出木杉くんたちの目的は、みんなが使って楽しみながらきれいになれる温泉センターを造ることでした。いや、出木杉くんたちのでなく、これはあのあたりで暮らすひとたちのかねてからの願いでした。
 けれど、そこにはしずかちゃんが暮らしているばかりか、温泉センター建設にとって重要な場所に湯船まであることがわかってしまいました。
 しずかちゃんを守ることは国家の方針ですし、国家の方針なのだからみんなの願いです。しずかちゃんをないがしろにするようなことがあってはしずかちゃん親衛隊も黙ってはいません。
 あそこに湯船さえなければ、広いお風呂場を独占し続けていたしずかちゃんには、ちょっとごめんね、と言ってわきへよけてもらうという手があったかもしれません。あるいは、もっと早くから湯船のありかがわかっていれば、温泉センターは別の場所に建設する計画で事が進んだかもしれません。
 けれど、建設予定地と湯船は同じ場所でした。
 スネ夫が大張り切りで見つけた湯船は、出木杉くんの会社にとって、痛し痒しといったところだったのだと思います。
 とはいえ、温泉センターを造りはじめてから湯船が見つかり、親衛隊たちの罵声を浴び、社会問題となって建設計画が遅れたり、最悪、頓挫することになるよりはずっとマシのはずでした。
 すでに、建設予定地の土地を売って生活を立て直そうと、すっかりそのつもりになっている人たちもたくさんいるのです。立派な温泉センターを作ってやるぞ、と張り切って待ちかまえているブルドーザーの運転手もいるのです。
 温泉センター作りは、みんなの願いというだけでなく、もうたくさんの人の利害がかかわっています。生活がかかわっています。出来るだけしずかちゃんの暮らしを圧迫することなく、温泉センター建設を実現させる方策を出木杉くんの会社は模索しなければならないのでした。
 つまり、よほどのことがないかぎり、なんらかのしずかちゃん保護対策のもと、いつかは必ず温泉センター建設工事が始まるということでした。
 湯船を見つけたあとのスネ夫は、こんなことを言っていました。
「誰かがさ、こっそり湯船の栓を抜いて捨ててしまうってのが一番なんだよ。栓がなくなったら湯船は役にたたないだろ。しずかちゃんはここからでて行かざるをえなくなるからね。誰も非難されずに済むんだよ」
 恐ろしい話でした。


                             つづく...

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