空飛ぶバディネリ 『しずかちゃんの遺言』11

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『しずかちゃんの遺言』11

 『しずかちゃんの遺言』 (第11回/全__回)

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11.


 しずかちゃんのビデオ撮影は、ジャイアンに比べて圧倒的に体力の劣る私には、なかなかきつい作業から始まりました。
 重い機材をかかえてまだ暗いうちに基地から出かけ、壁をのりこえ、階段を一歩一歩踏みしめて登りました。目印は、朝焼けの光を浴びて遙か彼方にそびえ立つ塔でした。
 スネ夫の調べにより、塔の北側にしずかちゃんの湯船を斜めに見下ろせる場所があることがわかっていました。
 湯船は遙か遠くにあるとはいえ、しずかちゃん調査指針の記載より大幅に湯船に接近した場所でした。なんとしても、しずかちゃんに気付かれないように撮影しなければならならず、その点は計画者のスネ夫も慎重でした。
 ジャイアンと私の仕事は、スネ夫が指定した地点のこっそりとした隙間に大砲のようなカメラをしかけ、どのレンズで狙ったらいいかを決める予備的な作業から始まることになっていました。
 が、その前に、しずかちゃんの湯船を見つけなければなりません。
 実際の湯船を間近で見て来た私でしたが、違う角度から、それもこんなにも遠くから見て、湯船のある場所をちゃんと探せるのかと心配でした。スネ夫から渡された空白だらけの不完全なお風呂場の見取り図と、湯船のある踊り場のような場所の色はモスグリーンだという情報しかなかったので私は不安でした。
 が、ジャイアンは目的地に着くなりその場所を探し当てました。
 モスグリーンの踊り場はそのあたりにたったひとつしかなかったというのがその理由でしたが、それについて、ジャイアンはとても深刻なことをさらりと言いました。
「このあたりにゃ、あそこにしか湯船の置き場所がなかったってことだな」
 このしずかちゃんのお風呂場がいかに広くとも、しずかちゃんには、別の場所に湯船を置くという選択肢はなかったということでした。
 それは、私にはとても頷ける話でした。あの、息をすることさえはばかれてしまう清浄さの記憶が蘇りました。まるで、聖域のような場所でした。あれほど特別な場所は、どこにでもあるものではないと思えました。
 塔の周囲はちょっとした空中庭園のような場所になっていて、しずかちゃんの湯船が見えるのはその北側の坂をちょっと登ったところでした。私たちは、植物や柱の隙間のこっそりした場所を選んで、撮影装置のセット作業に入りました。
 撮影は一定のアングルで決められた時間連続して行うため、途中でズームを調整したりレンズを変えるわけには行きません。
 どの程度の大きさで湯船をとらえたらいいかも問題でした。
 出来ればしずかちゃんの表情もとらえたい、出来れば、汗のひと粒やうなじに張り付く髪の一本もとらえたいところです。けれど、しずかちゃんが立ち上がってのびをしたときに、フレームからはずれてしまっては困ります。また、距離があるため、倍率を上げ過ぎると空気のゆらぎに邪魔をされて鮮明さが失われるという問題もありました。
 もしかしたら、しずかちゃんは助走をつけて湯船に飛び込むかもしれず、そんな入浴のしかたをするならその様子も捕らえなければなりません。
 私たちは、ジャイアンの判断により、湯船の中でしずかちゃんが立ち上がったときにその全身をとらえられるぎりぎりのところでアングルを固定し、カメラをセットしました。
 この日は、出木杉くんも視察にやってくることになっていました。
 昨晩のミーティングのとき、スネ夫はとっても嬉しそうに、
「昨日徹夜しちゃったよ」
と言って、作りたての特別豪華な看板を私たちに見せびらかしていました。
「こんな立派な看板作っていいかんばん?」
と三回繰り返してあたりをみまわしたあと、さみしそうな不思議そうな顔をして、
「明日は、出木杉くんに失礼のないようにしてね」
とぶっきらぼうに言ったのでした。

 双眼鏡で、遙か遠くの一番地点を見下ろしていた私は、スネ夫たちの姿を見つけました。
 私は、大得意で看板を掲げたスネ夫を先頭に、出木杉くんたちがぞろぞろ並んで行進してくるものと思っていたので、目立ち過ぎをちょっと心配していました。けれども、スネ夫は看板を持っていませんでした。それどころか、十人ほどの視察隊は、みんな匍匐前進でこっちへ向かっていました。
 実に不気味な行列でした。
 ジャイアンが笑いながら言いました。
「スネ夫のやつ、出木杉から看板が目立ちすぎるって怒られたな。ありゃあ、絶対そうだ」
 しばらくして出木杉くん一行が息をきらせて私たちのところへ到着しました。
 出木杉くんは湯船のありかをジャイアンにたずねると、首からさげていた双眼鏡をのぞき込み、
「見事な湯船だねえ」
と、心から感心した声でいました。
 一緒に来た出木杉くんの部下たちもそれぞれに双眼鏡をのぞき込んでいました。
 スネ夫がジャイアンにたずねました。
「しずかちゃんはいないみたいだね。どうしたの?」
「おお。カメラのセットを始めたときはいたんだがな、どこかへ行っちまった。おまえらの奇妙な行列に気付いて警戒したんだと思うよ」
 スネ夫はしずかちゃんを出木杉くんに見せられなかったことがとても悔しいようでした。
 ジャイアンが言いました。
「なあ、明日からおれたちもここにはいないようにするよ。しずかちゃんがレンズに反射する光に気付いたらこっちを見るだろうからな。そのとき姿を見られたら誤魔化しようがないだろう。一旦セットしたら、あとはバッテリとメディアの交換だけに来るようにして、塔の下の広場で待機ってのはどうだ?」
「そうだね。そのほうがいね」
 ジャイアンの提案にスネ夫が素直に同意しました。
 その日は、暗くなってもしずかちゃんはもどってきませんでした。
 私はしずかちゃんが湯冷めをしてしまうのではと、気が気でなりませんでした。

 翌日から、ジャイアンと私はしずかちゃんの撮影に入りました。
 残りのジャイアンは、湯船周辺に絞り込んだ九カ所の地点から、これまで通りしずかちゃんをこっそり観察します。スネ夫はもちろん、監督の仕事です。
 ジャイアンと私のするべき作業は、機材の運搬を除けばそう苦もなくこなせることでした。
 一度カメラをセッティングしておけば、一日に数回、記録メディアとバッテリの交換をすればいいだけで、残りの時間は撮影し終わった画像の仮解析にあてました。この仮解析の記録を元にして、会社で詳細に分析するという段取りです。
 しずかちゃんがいなかったり、湯船で居眠りをしてるだけのときには早送りが出来るので、次の交換までの時間、長い待機だけになるときもありました。

 最初の撮影画像の解析が終わり、これから一休みというところで私は言いました。
「スネ夫はほんとに出木杉くんが好きみたいだねえ」
ジャイアンは、あきれた顔をしてこう言いました。
「ばーか、スネ夫が出木杉を好きなもんか。出木杉の機嫌とっとかなきゃ、次の仕事がもらえなくなるってだけのこったろ。あいつが好きになるのは自分を好きになってくれるやつだけだ。だから結局誰もいねえってことだよ」
「そうなのかなあ。でも、誰にでも文句をつけたがるスネ夫が、出木杉くんの悪口だけは言わないんだよね」
「そりゃ、出木杉のことがうらやましいだけだろ」
 与えられた仕事に関しては文句ひとつ言わずにこなすジャイアンでしたが、スネ夫については、日頃からかなり手厳しいことを言っていました。
 曰く、あいつはバカだ。トンマだ。マヌケだ。人間のクズだ。
 まあ、私にしてもジャイアンからはよくバカバカ言われていましたので、そうひどい言い方とは感じていませんでしたが、今日のジャイアンの罵倒はそれだけに留まりませんでした。
「ときどき妙にひとなつっこかったりして、ちょっとはかわいげもあると思ってたがな、あいつの責任転嫁体質にゃ、だんだんうんざりして来たよ。人間のクズとしか言いようがない」
 ジャイアンはスネ夫の言葉には必ず責任逃れの言葉や言い訳がくっついていると言い、漫談のような実例解説は、確かにいちいちその通りでした。

 撮影は特にトラブルもなく進み、昼になりました。
 ジャイアンはランチジャーいっぱいのごはんにしょうゆをかけながら、
「中にバターが入ってるんだ」
と嬉しそうに言いました。
 私は、おむすびをほおばりながら、出木杉くんのことを思いだしていました。
 私にとって出木杉くんはお得意様のひとりで、先月も近くを通りがかったからと言ってドラ焼きを買ってくれたのでした。

「やあ、タケコプターくん。きみのドラ焼きのにおいにつられちゃったよ。三つお願い」
 代金とひきかえに私のドラ焼きを受け取りながら、出木杉くんが言いました。
「ねえ、きみもスネ夫くんの調査のメンバーなんだね。名簿に名前があったの見て驚いちゃったよ」
「うん、スネ夫から頼まれてね」
「へえ、そうなんだ。スネ夫くん、よくやってくれるから助かるよ。こっちはスネ夫くんやジャイアンたちの力がないと、なんにも出来ないんだから。スネ夫くん、ちょっと肩に力が入り過ぎてるのが気になるけど、そういう一生懸命さもスネ夫くんらしい、いいところだしね」
 そう言って出木杉くんは、爽やかな笑顔をみせたのでした。

 私はそのときの出木杉くんの言ったことを思い出しました。出木杉くんは、
「調査中は毎日キミのドラ焼きを食べられるんでしょう?」
と言って、ジャイアンたちをうらやましがったのでした。
 私はジャイアンにたずねてみました。
「ねえ、ジャイアン。今度の調査にドラ焼きを持って来たら食べる?」
「食べない。おれは甘いものは好かん」
 予想通りの答えでした。

 ジャイアンはほとんどの時間ただじっと次のバッテリ交換を待っていましたが、気が向けばしずかちゃん調査についていろいろ教えてくれました。
 細かな調査ノウハウから雑学まで、ためになる話ばかりでした。が、その日の最後にしてくれた話は、とても奇妙なものでした。
「なあ、おまえ、しずかちゃん調査は初めてだったんだろ。どう思った?」
「どうって、そうだな、まずはこういう仕事があること自体に驚いたわけだけど、しずかちゃんのお風呂場には圧倒されたなあ。想像を絶するものだったよ。すごいよねえ、お風呂場全体がでっかい宮殿というか、ひとつの王国みたいだ。もう、驚きの連続だよ」
「ふん、そうか。いいか、よくきけよ。おれたちはしずかちゃん調査をしている。だからここがしずかちゃんのお風呂場だとわかる。おまえの言い方で言えば、宮殿や王国みたいなところってわけだな。けどな、しずかちゃんになんにも興味がない人がみれば、ここはただのつまんない場所なんだ。ただのつまんない場所にしか見えないんだ」
「えっ?」
「いいか、あの大理石のフロアも、柱も、ライオンの像も、しずかちゃんに興味がなければまるで違うつまんないものにみえるんだよ」
「ええっ?」
「いいかい、よくききなよ。すでにおれたちは、しずかちゃんの世界の中でものを見てるんだ。しずかちゃん調査のプロになるってのはそういうことなんだよ。おれたちが見るものは、ただの通りすがりの人が見るものとまるで違う。しずかちゃん親衛隊にだって、このことをちゃんと知っているのはわずかしかいない」
「じゃあ、昨日来た出木杉くんには、このお風呂場の中はどうみえていたんだろう」
「あいつはかしこいからな。目ではわからなくても頭でしっかりとらえて、おれたちが見ているものをちゃんとわかって帰ったんだと思うよ。その証拠に、出木杉と一緒に来ていたやつらのほとんどが、どんなに説明しても湯船のありかすらわからなかったじゃないか」
 確かに彼らは、出木杉くんに何度「ほら、あそこだよ」と言われても湯船が見つからなかったようでした。私は自分の経験から言って、彼らが双眼鏡の扱いになれていないせいだと思っていたのですが、ジャイアンの見方はまるで違ったのでした。
 同じものを見ていても見えているものが全く違う。私にはそれがどういうことかいまひとつ飲み込めませんでした。
 がしかし、あれ? と思いました。
 だいたいにおいて、私はジャイアンのようなしずかちゃん調査のプロではありません。スネ夫に連れられて来た、元お弁当係のドラ焼き職人でしかないのです。だから、ジャイアンがいうようなしずかちゃんの世界が私に見えるはずはないのでした。
 私は、そのことをジャイアンに言い、「よくわからないな」と首をひねりました。
 ディレクターチェアに座っていたジャイアンは、足を組み直してから言いました。
「じゃあさ、おまえ、初めてここへ来たとき、どんな道を通って来たか覚えているか」
 私は説明しました。たしか、小池さんちに土足で上がり、ストリップ小屋の中を突っ切り、富士の樹海やジンベイザメの泳ぐ水族館を通って、ヘビが落ちてくる洞窟を抜け・・・。
 とちゅうからジャイアンは腹をかかえて笑いだし、しまいには椅子からころげおちて涙を流しながらのたうちまわりました。
「わははは。そうだろう、そうだろう。たいへんな道のりだったなあ。わはは」
「だめだよ、ジャイアン、そんな大声だしたらしずかちゃんに聞こえる」
 ジャイアンはやっと我にかえり、笑い声を懸命におしころしながら言いました。
「いやまあ、ずいぶんとおもしろい道を通って来たもんだよ。おまえらしいっていやおまえらしい話だが、そんなおもしろい道を通ったやつの話は、初めて聞いたよ」
 そして、涙を拭いながら言いました。
「今日もその道を通ったか?」
 そう言われて初めて私は気付きました。
 基地から出て、ちょっとした草むらを歩いて抜けただけですぐに一番の地点だったからです。
「あれ?」
 わけがわかりませんでした。
「おまえ、ただここで弁当くばってただけじゃないだろ。頭の中がしずかちゃんだらけなんじゃないか? ずいぶんしずかちゃん漬けになってたろ」
「そりゃあまあ、それなりに予備知識をつけなきゃと思ってたからね」
「しずかちゃん調査のプロへの道は、そういうところから始まるってもんさ。おまえが通ってきた道は、そのために必要なプロセスってわけだ。スネ夫もスネ夫で、スネ夫なりの道を通って来たんだと思うぞ。おまえほどおもしろい道じゃないと思うがな」
 そういうとジャイアンはプッと吹き出し、思い出し笑いしちまったぜと、また笑い出しました。
「はぁ、腹が痛えよ。ったく。ここに来るだけで、この世の縮図みたいなとこ一通りまわって来るなんてなあ。小池さんのラーメン、うまそうだったか? わはは」
「そんな、笑わないでよ」
「おまえが笑わせるのが悪いんだろが。ったく。ま、いいや。じゃあさ、おまえの名前はなんだっけ」
「タケコプターだけど」
「な。そういうことだよ」
 私には、何が「な」なんだかよくわかりませんでした。
 ジャイアンが、またひっくひっくとお腹を痙攣させて笑いをこらえていると、タイマーをセットしてあったポケットの中の携帯電話がふるえました。バッテリ交換の時間でした。

 その日の調査終了後、私はスネ夫にさりげない口調をよそおって聞いてみました。
「ねえ、スネ夫。この調査の下見のときってさ、どうやって基地からしずかちゃんのお風呂場へ行ったんだっけ」
 ノートパソコンの画面に映し出されたしずかちゃんの自慰写真に向かって勇ましく仕事をしていた最中だったスネ夫は、機嫌の悪そうな顔を私に向けました。
「どうって、普通にみんなと自転車こいで行ったじゃない。いつもいつも同じでしょ。それがどうかしたの? 今忙しいんだからじゃましないでよ」
「あはは、い、いや、なんでもない。そうか、自転車だったか。じゃましてごめん」
 ジャイアンのいうことの意味がちゃんとわかったわけではありませんでしたが、スネ夫より私の方がはるかに楽しめたのは確かなようでした。


                             つづく...

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いきなりすいませんでした。

sv | URL | 2008年02月14日(Thu)18:04 [EDIT]


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