空飛ぶバディネリ 『しずかちゃんの遺言』13
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『しずかちゃんの遺言』13

 『しずかちゃんの遺言』 (第13回/全__回)

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13.


 五月一日。
 ドラ焼き作りもしずかちゃんも自分からすっかり離れてしまった気がした私は、その日、ほとんど放心状態であたりを歩き回っていました。今日からの住み込みにそなえて厨房はすっかり片づけてあり、ほとんど準備の済んでいた大荷物が、居心地悪そうにしているだけでした。ドラ焼き作りを始められるような状態ではありませんでした。
 街を歩きながら、私は考えるともなくしずかちゃんのことを考えていました。今後のドラ焼き作りのことを考えなければいけないのに、しずかちゃんのことばかりが頭にありました。
 この店の螺旋階段はしずかちゃんのお風呂場のあの階段に似ている。ここは大理石のフロアだ。こっちの並木は湯気に濡れた観葉植物の列で、あの鉄塔はお風呂場の彼方にそびえ立つ塔だ・・・。
 ふとどこかからしずかちゃんの「わぁぁぁ」という声が聞こえたような気がしましたが、あり得ない話でした。
 私は、街ゆく人の中にしずかちゃんの姿を追っていました。頭の後ろで髪をふたつにまとめたひとを見つけるたび、ドキッとしました。
 商店街では販促のためのイベントが行われていました。
 テレビアニメに出てくるキャラクターのかぶり物をしたひとが何人もいて、おどけた動作でポケットティッシュを配っていました。
 ドラえもんのかぶりものをしているひとの陰にしずかちゃんが見えたときには、すぐにかぶりものとわかっても心臓が止まるかと思いました。私は近寄って来たドラえもんを身を翻してよけ、ひとかかえもある巨大な顔のしずかちゃんから、ポケットティッシュを受け取りました。
 耳まで真っ赤になったのが自分でもわかりました。それが恥ずかしくて恥ずかしくて、裏通りに逃げ込みました。
 裏通りでは、「ポッキリ」と書かれたスネ夫が作る看板そっくりの看板をもったおにいさんやおじさんがうろうろしていました。私の姿を認めると「おっぱい!」と明るく叫んだり、何かの呪文をつぶやきながら後をつけてきたりしました。さらにその先に続く通りでは、似たような作りの粗末な店が建ち並び、どの店の前にもきちんとお化粧をした薄着の女の人がいて、「オニーサン、オニーサン、チョットチョット」と声をかけてきました。きれいなひとばかりでしたが、みんなしずかちゃんではありませんでした。ミニスカートの下からパンツが見えそうなところくらいしか、しずかちゃんに似ているところはありませんでした。
 目の前をたくさんのひとたちが通り過ぎ、たくさんのひとたちとすれ違いましたが、みんなみんなしずかちゃんではありませんでした。
 私は、もうしずかちゃんに会えることはないだろうことがわかっていました。
 しずかちゃんは、どこにでもいるわけではありません。
 しずかちゃんの暮らす場所の多くは、私の家から遠く離れた場所にあります。また、スネ夫の調査がそうであったように、立ち入るだけでも特別な許可と看板が必要な場合も多いのです。よほどの時間と根気、そして情報と運がなければ、会えないのです。テレビアニメで我慢するしかないのです。
 が、私はテレビのスイッチを入れる気にはなりませんでした。
 外を歩き回った方が、ほんのいくらかでもしずかちゃんに近い気がしたからです。
 公園では、しずかちゃんによく似た子供たちが、滑り台であそんでいました。
 ベンチに腰掛けた私が、紙パックの牛乳を飲みながらあんパンをかじっていると、携帯電話が鳴りました。
 スネ夫でした。
 スネ夫は激しく言い淀んでいたので、言葉の意味がなかなかわかりませんでしたが、用件は今月の全ての調査に参加しなくてもいいということと、その先のことはまだ未定ということのふたつでした。
 予想していたことなので、特に何も思うことはありませんでした。
「了解」
 そう言って私は電話を切り、家へと向かいました。

 注文を受けていたドラ焼きはとうの昔に作り終え、配達もずっと前に済んでいました。
 営業をしていなかったので作らなければいけないドラ焼きもありませんでした。
 厨房に置いてあった大荷物は、目に入るだけで気分を滅入らせました。
 私は、奮起して電話をかけまくりました。
 かける相手はつい幾日かまえに四ヶ月間ドラ焼きは作れないと言ってまわったところばかりでした。
 結果は当然はかばかしくないものでした。
 私のドラ焼きを毎週十個食べていたあるひとは、しばらくのあいだ別のドラ焼きを食べることに決まってしまっていました。
「いや、かわりにたのんだ店がね、一年契約っていうんですよ。私もあんたんとこのを食べたいんだけどしょうがないんだよね。また一年後にご縁があればお願いしますよ」
 なかには、懸賞でドラ焼き一年分が当たっちゃったという人もいましたが、ほとんどの場合、勝手なこというなと怒られただけでした。
 何をやってもうまく行きませんでした。どれもこれもうまく行きませんでした。新作ドラ焼きのアイディアも全くうかびませんでした。
 このままでは、新しいドラ焼きの開発費もいずれ底をつくばかりか、普段のドラ焼き作りの材料代さえままならい日が来るかもしれません。
 スネ夫の言葉が頭の中によみがえりました。
「だってしょうがないじゃない」
 しょうがない、かあ。

 数日後、お店にひとりのおばあさんが訪ねて来て、奇妙なことを言いました。
「去年のドラ焼きはありますかしら」
 今私が作っているドラ焼きでなく、冷凍でもなんでもいいから、去年の味のドラ焼きが欲しいというのです。何度か買いに来ていただいたことのあるお客さんでしたので顔には覚えがありましたが、挨拶以上の言葉をかわしたことは無い方でした。
「あいにく去年のドラ焼きは保存してませんけど、でも、日々向上を目指していますんで、去年のより今のドラ焼きの方が絶対おいしいはずですよ」
 私は去年のノートを見返し、今のドラ焼き作りと比べてみました。あの頃は精一杯だったのかもしれませんが、今振り返れば技術的にも精神面でも未熟なのは明らかでした。
「うーん、記録をみても今のほうがずっとおいしいと思うのですが」
 おばあさんは、残念そうな顔をして言いました。
「いえね、うちのおじいさんが、近く口の手術をすることになっているのですけど、その前に食べたいものはないかってきいたらこちらのドラ焼きが食べたいって言うんですよ。ところが、先日買って帰ったところ味が違うと言って怒るんです。去年はこんな味じゃなかった、去年のドラ焼きが食べたい。去年のドラ焼きを買ってこいって」
 なんともめちゃめちゃな話でした。冷凍であれなんであれ、去年のドラ焼きなどとっておくはずがありません。
 おばあさんは、
「そうですよね。やっぱり無理ですよね。おじいさん、病気で味覚がおかしいのかもしれませんものね」
と言い、今年のドラ焼きをふたつだけ買って帰って行きました。
 今のドラ焼きより去年の方がおいしいだって?
 私は少なからぬショックを受けていました。
 が、私は悔しさと共にこう思いました。
 おじいさんを見返してやりたい。今のドラ焼きより去年のドラ焼きの方がうまいなんていうのなら、今より去年より、もっとずっとうまいドラ焼きを作ってやる。
 夕方から、私はその一心でドラ焼き作りにはげみました。他の方法もありませんでした。精神面を一年前と同じにするなんて無理な話ですので、去年の味の再現は不可能だからです。
 おいしくなれおいしくなれと日々工夫をこらしているうちにすっかり勢いづいてしまい、おじいさんだけでなく、全ての人の満足を望むようになりました。
 スネ夫の大ポカによって参加出来なくなってしまったしずかちゃん調査のことを忘れたいと思い、ちょっとばかりやけになっていたことは否定しません。が、ドラ焼き作りに正面からきちんと向きあって頑張っていたことは確かです。
 私は「絶対ドラ焼き」を作りたいと思いました。
 絶対ドラ焼きとは、あのおじいさんやおばあさんも含め、誰もがおいしいと言い、誰もが食べて幸せになれるドラ焼きのことです。おまんじゅう屋さんの話にツバを吐くスネ夫だって、食べて幸せになれるドラ焼きのことです。

 私は絶対ドラ焼きの完成をめざし、日々、努力しました。
 かつて私は、ドラ焼きの可能性を探ろうとして誤った道に踏み込みかけたことがありました。
 栗やイチゴやマンゴープリン入りといった変わりドラ焼きに留まらず、イクラやイカの塩辛や牛のたたきを入れたドラ焼きなどという実験的なものを喜々として作りました。が、そのあげくに、「ドラ焼きの形をした粒あんクレープ」などという、およそドラ焼きの道から外れたものを作ってしまったのです。
 もう、そんな馬鹿げたことはしたくありません。
 今度は、直球勝負で絶対ドラ焼きを目指そうと思いました。
 世の中には、甘いものが苦手な人や、そもそもあずき自体がダメという人もいます。
 生まれ育った土地の文化の違いからくる嗜好の違いもあります。あのおじいさんのように、病気で味覚が変わってしまったのかもしれない人もいます。
 また、ドラ焼きは手軽に食べられなければならないものですので、ごてごてした豪華すぎるものもだめです。もちろん、値段も安くおさまらないといけません。甘いもの嫌いな人の中には、ドラ焼きの形を見ただけでもうだめ、という人もいます。だからドラ焼きそのものの形にとらわれていたら、絶対ドラ焼きには近づけません。
 全ての人に食べてハッピーになってもらえるようなドラ焼きを作らなければならないのです。しかも、誰かが誰かにツバを吐きたくなってしまったらいけないのです。真剣な直球勝負なのです。
 私は思考錯誤を繰り返しました。
 大判焼きやタイ焼き風になってしまったり、カステラそのものになってしまったり、お好み焼きに似てきたりもしました。お皿にもりつけたらフランス料理のようになってしまった試作品もありましたし、残飯にみえてしまうのもありました。
 甘くないドラ焼き、丸くないどらやき、豪華すぎないドラ焼き、値段の高すぎないドラ焼き、手軽に食べられるドラ焼き。冷たいドラ焼き、ほかほかのドラ焼き、保存がきくドラ焼き、つぶれないドラ焼き、ドラ焼きに見えてしまわないドラ焼き・・・。
 私は本当にたくさんたくさん思考錯誤をし、たくさんのたくさんの試作品を作りました。
 そしてその結果、最後にたどりついた試作品は、どこからどう見てもカップラーメンにみえました。
 私は、試作品に声をかけました。
「きみはドラ焼きなんだからね。誰に何を言われても、自分のことを疑ったりしちゃだめだよ」
 ドラ焼きが返事をするわけがないのは経験上よく知ることでしたので、寂しくはないはずでした。けれど、なぜか涙がこぼれました。

 私が成果品を入れたカップの内側の線まで九十度以上の熱湯を入れ終わったとき、スーパーマンさんが訪ねて来ました。
 ときどき私のドラ焼きを買いに来てくれるスーパーマンさんは、日頃から私が一番尊敬している人でした。どこからどう見てもまるでスーパーマンなので私はスーパーマンさんと呼んでいます。
 スーパーマンさんの本当の名前は、神様と言いました。普段は、ゴミ回収の仕事をしています。
「ちょうどよかった。おれにもお湯をもらえないか」
 スーパーマンさんはスーパーマンのような人ですから、こんなタイミングに蓋をあけて準備したカップラーメンをもって来たところで別に驚くようなことではありません。
 私はスーパーマンさん持参の日清カップヌードルの内側の線まで九十度以上の熱湯を入れ、蓋にめくれ止めシールを貼ってから言いました。
「ねえ、スーパーマンさん、僕、絶対ドラ焼きはやめにしたよ」
「あ、そう。なんで?」
「ドラ焼きにとっての一番大切なものってのがなんだかわからなくなっちゃったんだ」
「一番大切なものねえ」
「生まれ育った環境や文化が違えば味覚も嗜好も違う。それぞれのどうにもならない個性もある。どうやってもドラ焼きで全ての人のしあわせを目指すのは出来ないと思うんだよ」
「ふーん」
 私たちの目の前にならぶふたつのカップのうち、片方にはNISSINと書いてあり、片方は真っ白でした。
 そのどちらもが、ふたの隙間から湯気をあげていました。
 私はスーパーマンさんに、「絶対ドラ焼き」がいかに不可能であったかを切々と語りました。
「ほんと、絶対ドラ焼き作りでよくわかったんだ。この世で絶対的に大切なものなんて何一つないんだ。人によって、生まれ育った歴史によって、そしてたぶん、時代や気分やその時々のノリによって、大切なものやそれの意味するものはみんな変わるんだ。だから絶対的な価値があるようにみえているもの全ても、実は絶対でなかったんだよ。信頼するに値する普遍的な価値や意味があるものなんて、どこにもないんだ」
「あのね」
 スーパーマンさんは口を開きかけ、何かに耳を澄ますような様子で、一瞬の間をおきました。
 その間は、とてつもなく長く深い時間のように感じました。
「あ、ごめん」
 瞬間移動でふるさとの星へ行って戻って来たのでしょう。スーパーマンさんはスーパーマンのような人ですから驚くようなことではありませんし、実際よくあることでもありました。
「で、なんだっけ。あ、そうそう、真に価値や意味あるものは何なのかとちゃんと考えてみたら最後には何も残らなくなっちゃった、というのがきみのたどり着いた結論であり成果だね」
「うん、そういうことになるかな」
「あるよ」
 私は、スーパーマンさんが「そうだねえその通り、よく気付いたじゃないか」と褒めてくれるのを期待していた自分に気付くと同時に、あるよ、という言葉そのものにおどろきました。
「それはね」
 スーパーマンさんは私の目をまっすぐに見たあと、腕時計に目をおろし、再び私に視線を戻して言いました。
「ま、ご、こ、ろ」
「え?」
「そ。ほら、三分たったよ。おれのはあと三十秒だ」
 そしてもう一度、口を開きました。
「ねえ、おれのカップラーメンとそれ、とりかえっこしない? きみのドラ焼きを食べてみたいんだ」
 そのとたん、私の目からは今日二度目の涙があふれ出しました。私は、涙をぽろぽろこぼしながら、ふたつのカップの位置を入れ替えました。
「スーパーマンさんには、これがドラ焼きだってわかるんだね」
「おれを誰だと思ってるのさ」
「はは、そだね。はい、割り箸」
 そういって私たちは笑い合いました。


                             つづく...

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