空飛ぶバディネリ 『しずかちゃんの遺言』15

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『しずかちゃんの遺言』15

 『しずかちゃんの遺言』 (第15回/全__回)

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15.


 「よし、OK」
 ジャイアンと私は、カメラをセットした後、急な坂を降りていつものように塔の真下の待機場所に行きました。
 しずかちゃんの湯船からは完全に死角となる場所でした。
 一個目の記録メディア交換まで、長い待機時間がありました。

 昨日は突然十一番の地点にひとりではりつく仕事をあてがわれ、一日中しずかちゃんの気配に神経をとがらせて過ごしました。ジャイアンならばあたりまえにこなす仕事ですが、私は、しずかちゃんの姿を見落としたりしてないか、何かと見間違えたりしていないかと、一分一秒も気を抜く間がありませんでした。一度、遙か遠くの石畳からタケコプターで飛び立つしずかちゃんの姿をとらえたときなどは、すっかりあわててしまって、手に持っていたおにぎりにデータを記録してしまいました。調査が終わったときには、もうくたくたでした。
 それにくらべれば、今日のビデオ撮影調査は、気持の面で格別に楽でした。
 ジャイアンと私は、一定時間おきに記録メディアやバッテリを交換し、撮影し終えた映像を待機場所でチェックしました。小さなモニタ画面で記録メディア一個分の時間差のあるしずかちゃんの様子を観察し、何か変わった動きが見えるたびにノートに記録をとりました。
 残った時間は、空中庭園のようなその場所で、ジャイアンとふたり、しずかに過ごしました。
 風向きによってはしずかちゃんの鼻歌らしきものが聞こえてくることもありました。
 撮影した画像の鼻歌が聞こえた時間の部分を再生すると、顔をふいたり、汗ではりつく髪をたくしあげたりしながら、フンフンいっているしずかちゃんの様子がうかがえました。

 この日のしずかちゃんは、湯船につかるだけでなく、お風呂場の中をあちこち散策したり、広いフロアに出て来て踊ったりもしていました。タケコプターをつけ、空高くで遊んでいることもありました。
 「自由」というのとは、またちょっと違うと思います。これがしずかちゃんの日常なのです。自由とは、日常からの解放のことをいうからです。
 でもやっぱり、しずかちゃんの暮らしは「自由」と表現してみたくなるような、ある種の憧れをかき立てるものでした。

 モニタ画面の中のしずかちゃんは、二度ほど湯船の外に放尿しました。おおきなのびや、ストレッチ体操をしました。体のあちこちのセルフマッサージをしました。
 当たり前の話ですが、しずかちゃんは素裸でした。
 裸でガラス製の湯船につかり、そのかぼそく繊細で美しい肢体を青空にさらしていました。
 この小さなモニタ画面で録画画像見ていてさえ、その無防備さにはらはらするほどでしたから、リアルタイムで、しかも間近で見るようなことがあったなら、私はもう、どうしたらいいかわからない気分になりそうでした。

 その日、午後おそくに突然ぽつりぽつりと雨が降りました。
 すぐにやんだので撮影に影響はありませんでしたが、一時は機材の雨よけなどにおおわらわで、ジャイアンは、
「スネ夫のせいだ」
と、思い切り不機嫌な声で言いました。
 このところジャイアンはその言い方がお気に入りらしく、のどがかわいても、犬のフンをふんでも、スネ夫のせいだ、と言いました。
 今日は出がけに犬のフンとニアミスしたので、朝からすでに不機嫌だったのでした。
 ジャイアンの話の文脈をたどるかぎり、確かに全ての災難がスネ夫のせいでした。スネ夫が思いつきでよけいなことを言ったり、今では私にもすっかり見極めが出来るようになったお得意の責任のがれ的言動をしさえしなければ、ジャイアンにふりかかる全ての災いは避けられていたのです。
 この雨にしても、スネ夫が調査の時間帯を三日間で少しずつずらしたらどうだろうなどと突然思いついたりしなければ、全くあわてる必要のない雨でした。
 この意味では、スネ夫は不幸極まりないやつになってしまっていると言えます。
 スネ夫としては普通に行動しているだけのつもりでも、あらぬところで人を不幸にし、その恨みを一身に背負うことになるからです。そして、「そんなの僕のせいのわけないじゃない」などと言えば、激しい罵声を浴びてさらに不幸の渦に巻き込まれるのです。

 ジャイアンの不機嫌さのとばっちりは、いろんな方向に飛び火しました。
 特に、ジャイアンはしずかちゃん親衛隊のことを快く思っていないようで、散々な言い様でした。が、いくつか非難の言葉を言ったのち、こんなふうに語りました。
「たださ、おれたちの仕事はどう頑張ったって結局はしずかちゃんを死に追いやるしかない仕事なんだ。わかるだろ。ここだって、もうすぐ温泉センターになる。どんな調査結果が出て来ても、もう止められやしねえ。今までの歴史から言っても、そんなことわかりきった話さ」
「でも、親衛隊の活動がきっかけになって計画が頓挫することもないわけじゃないんでしょ。例えばこのお風呂場がもう他と代替しようがない貴重な場所だってことがわかって来たら、親衛隊にこそ頑張ってもらわなきゃ、しずかちゃんの居場所がどこにも無くなるわけじゃない」
「まあな。だが、この温泉センターが中止になったって、いつか、いつのまにか、別の何かがぶっ建つだけよ」
 私はなんとも言えませんでした。よく聞く話のように思えたのです。
「信用ならないのはフーマンチューだ。おれたちのようにしずかちゃんを殺す可能性のある仕事で金もらっておきながら、親衛隊分隊長もやってる」
 手元で再生している映像によれば、しずかちゃんは雨が降り始めた頃からどこかへいってしまい、そのまま帰って来ていませんでした。
 私は、今どこか遠くからしずかちゃんが私たちのことを見てる可能性もあるんだなと思いながら、言いました。
「んでも、温泉センター建設計画は本当に変更とか中止とかはあり得ない話なのかな。この調査だって、しずかちゃんの湯船がどこにあるかとか、お風呂場全体をどうつかって暮らしているかを調べることによって、温泉センターをどこにどう建てるかを検討する材料に使うってのが本来の姿なんじゃないの。何年か前の調査のときに湯船を見つけるまでしっかりやっておいたなら、計画自体違うものになってたかもしれないわけだよね」
「本来ってのは、考えるだけ無駄って意味だ」
 とりつく島もないといった感じでした。
「スネ夫自身はどう思っているのかな」
「スネ夫? スネ夫がどう思っているかって?」
 ジャイアンはフンと鼻をならし、こう吐き捨てました。
「なんにも考えてないさ。考えても無駄と思ったか、考える頭が無いのかは俺にはどうでもいいが、気にしてるのは、スネ夫ママにほめられることだけだろ」
 ジャイアンはしゃべり足りない様子でした。
「おれらがどんなにくだらないことをしようがな、あ、おれらってのは、おれとおまえとスネ夫と出木杉とその他全部全部、つまりこの世の人全てだが、おれらがどんなにくだらないこと考えて、どんな理由くっつけてしずかちゃんを追い出したとしてもな、最後にはしずかちゃんが勝つに決まってるんだ」
「勝つってどういうこと」
「おれらが歩むのは自滅の道さ。しょせん、さもしい出歯亀だからな」
「ちょっと話が飛び過ぎでよくわからない」
「ドラえもんは、いつまでもずっとしずかちゃんの見方だってことよ」
「やっぱ、よくわからないな。飛び過ぎだよ」
「おまえ、タケコプターなんだろ。話が飛んだらおまえも飛べばいいじゃないか。飛べっ、飛べ飛べっ!」
 ジャイアンはやっぱり機嫌が悪いのでした。

「よし。終わり。終了」
 誰もいない湯船の映った記録画像を最後まで送りきり、全ての作業を終えた私たちは、帰り支度にとりかかりました。
 大きな荷物をよっこらせと背負ったとき、ジャイアンが言いました。
「ところでさ、おまえ、なんであいつのことをスネ夫って呼ぶんだ? おれもおまえにつられてスネ夫って呼んでるけど、あいつはどう考えたってスネ夫じゃねえだろ」
「そう? まるでスネ夫だと思うけどな。よく似てるよ」
「そういう話じゃねえよ。あいつがスネ夫ならおれの心の友だけど、あいつはおれの友達でもなんでもねえってことさ」
「ふうん。じゃあ、あのスネ夫っていったい誰なのさ?」
「だから前から言ってるじゃねえか。ただのクズだって。それ以上の何もんでもねえよ」
 どう見てもジャイアンは不機嫌の固まりでした。
 私は、ジャイアンがそこまで犬のフンが嫌いだったとは知りませんでした。

 ジャイアンのしゃべり足りない様子は帰り道も続きましたが、犬のフンとニアミスした地点を過ぎてから不機嫌さの方は収まって来たようでした。
「おまえ、しずかちゃんはもう何回も見たと思うんだがさ、ぶちゃけ、どう思ってる?」
「うーん、どんな答え方をすればいいんだろ。かわいいとかきれいとかそういう見かけのこと? それとも、無邪気そうだとかしたたかそうだとか?」
「いや、やっぱいいや。じゃあ、スネ夫はどう思って見てると思う?」
「どうって、スネ夫はどっちかって言えば年上より年下好みっていうか、むしろもっと下っぽい感じだから、好みじゃなかったとしてもカワイイなぁくらいのことは思ってるんじゃないのかな」
「いや、わかんねえぞぉ。もしかしたら、山姥とか妖怪みたいに思って見てるかもしれない」
「いくらなんでも、あのしずかちゃんがそんなふうに見えてるなんてことないと思うなあ」
「わからねえよ。あいつは、この風呂場まで未だに自転車こいで来てるんだぜ。おれともおまえとも、違うふうにしずかちゃんが見えてるのかもしれねえ」
「それはそうだとしても、山姥とか妖怪はないんじゃないの?」
 ジャイアンは、今日何度目かに鼻をフンとならし、別のことを話し出しました。
「おれはさ、自分の目で見てるしずかちゃんが真実のしずかちゃんの姿かどうかってのをいつも考えてる」
「へえ、プロでもそういうこと考えるんだ」
「ってかな、しずかちゃんを見て金のことしか言わねえやつもいれば、たいした理由も並べられないまま守れ守ればかりいうやつもいる。立派げなことをいって自分を偉くみせるための道具に使うやつもいる。写真を撮れればそれで満足するやつもいるし、しずかちゃんネタだけで宇宙の歴史全部や人類の未来まで語るやつもいるってことよ。おんなじしずかちゃんを見てだぜ」
「そういうジャイアン自身はどうなのさ」
「おれか? おれはだな、一度でいいから一緒にカラオケにいってみたい」
 まあ、誤魔化されたふうではありましたが、ジャイアンの話が自分の無知さゆえに理解できないことはたびたびあったものの、何のことを言おうとしているのかわからないジャイアンはこれが初めてでした。
 しずかちゃん調査のプロであるジャイアンでしたが、日々の仕事をたんたんとこなすだけでなく、何かを模索しながら前に歩いているに違いありません。
 ともあれ、このしずかちゃんのお風呂場自体が、見る人により全然違うものに見える話や、調査基地からここまでの道のりの話は、ちょっとした見方や感じ方の問題では済まない話に思えました。
 おだんご屋さんにツバを吐けるスネ夫のことです。私は、ジャイアンのいうように、スネ夫の目に見えるしずかちゃんが私の見るしずかちゃんとは全く別のものかもしれないと思い、ぞっとしました。
 けれども、ということは、私自身、他の人とは全く違うしずかちゃんを見ているのかもしれません。
 このことに思い至り、私はもう一度ぞっとしました。今の私がしずかちゃんに対して頂いている、愛おしさや畏敬に似た不思議な思いもまた、ひとり合点の馬鹿げたものでしかないのかもしれないのです。
 その時突然、私はスネ夫が何かから逃げ続けているのかもしれないと思いました。そう思えてしかたなくなりました。
 そしてそれがなんなのか考え始めたとき、私とは別のことを考え続けていたらしいジャイアンの言葉が思考を遮りました。
「可哀想なやつなんだよ。スネ夫は」
 その言葉を受けて私の脳裏の浮かんだスネ夫は、暗闇にひとり、ぽつんと佇んでいました。地面がどこにあるのかわからない様子で、斜めになったまま佇んでいました。それは、たった今私が思いつきそうだった何かを、言葉を使わずに表したようなシーンでした。

 その日、私の体には、何かの虫にやられたらしい小さな後がつきました。
 私はジャイアンを先取りしたつもりで、
「これもスネ夫のせいかな」
と言ってみましたが、ジャイアンは真面目な顔で、
「しずかちゃんの守護神だ」
と言いました。


                             つづく...

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