空飛ぶバディネリ 『しずかちゃんの遺言』16
FC2ブログ

空飛ぶバディネリ

♭ いろいろな読み物などを掲載します。リンクはご自由にどうぞ。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

『しずかちゃんの遺言』16

 『しずかちゃんの遺言』 (第16回/全__回)

<<前回           目次          次回>>

16.


 夜、いつもならみなそれぞれにグダグダとくつろいでいる時間帯のことです。
 スネ夫とジャイアンたちがミーティングルームに集まってきました。私が夜食をごちそうするといってあったからです。
 私は大量にお湯を沸かして、絶対ドラ焼きの試作品をみんなに振る舞いました。
 呼び方に意味があるとは思いませんでしたので特に説明はしませんでしたが、「これはいったいドラ焼きか? それともカップラーメンか?」などと尋ねるジャイアンはひとりもいませんでした。
 例のキャンセルの一件いらい、スネ夫に積極的に話しかけるジャイアンはいず、その時もスネ夫はひとり居心地が悪そうに携帯電話をいじっていました。そしてお湯を入れて一分ほどたったとき、スネ夫はおもむろに立ち上がると電話をかけ始めました。
 その話しぶりから、相手はスネ夫ママのようでした。込み入った話になってしまったのか、スネ夫は部屋の隅っこへ行ってそのまま話し込んでいました。
 三分がたち、みながふたをあけてかき混ぜはじめると、スーパーマンさんと共にかいだあのときの香りが立ちのぼりました。私は、新作ドラ焼きの試食をしてもらうとき特有の、ドキドキ感でいっぱいになりました。
 ジャイアンたちが箸を持った手をあわせ、大きな声で、いっただっきまーす、と言って食べ始めました。
 甘いドラ焼きには全く興味をもってくれなかったジャイアンでしたが、うまいうまいと言ってくれました。私は心からホッとし、心から嬉しく思いながら、自分も一緒に食べ始めました。
 が、テーブルの隅っこにあるスネ夫のカップの中では、お湯につかって五分を経過した私の絶対ドラ焼きが、じっと押し黙ったまま、時間と戦っていました。
 九分がたちました。私は自分の分の絶対ドラ焼きを食べながら、横目でスネ夫のカップをみました。
 ふやけた麺がフタを押し上げていました。
 私の絶対ドラ焼きは、完全に死んでいました。
 十分をだいぶ過ぎた頃、やっとスネ夫がもどってきました。
 すっかり食べ終わって満足げにヘソを出していたジャイアンたちは、
「おい、スネ夫。これ、めちゃめちゃうまいぞ」
「おう、うまかったなあ」
「まんぷくまんぷく」
と口々に言いました。
 スネ夫は、いただきますのかわりに、
「へえ」
と言い、のびきって死んだ麺の隙間にわずかにのこったスープを口に流し込みました。
「ほんとだ。コクとキレがまったりと絶妙じゃない」
 そして、むざむざ死なせた絶対ドラ焼きの死体を月見団子でも食べるかのようにほおばり、下品に租借しながら言いました。
「ねえ、これいくらで売ってるの?」
 私を怒りとも悲しみともつかない感情が襲いました。
 あっと思う間もなく、私はテーブルをドカンと一発たたいていました。
「そんなふやけきったの食って、何がまったりだよ。何がこれいくらだよ」
 いたたまれない思いで一杯でした。
 私は、自分がスネ夫を殴りそうな気がしました。が、口から縮れた麺をはみ出させたまま驚いているスネ夫を見たとき、握りしめていた拳が殴ることを拒否しました。スネ夫に触れることを激しくいやがりました。
 立ち上がった私は、スネ夫の「だって電話してたんだもん、しょうがないじゃない」という声を無視して部屋を後にし、基地の裏口からサンダルをつっかけて外に出ました。
 たかがドラ焼きでした。たかが絶対ドラ焼きの、一番おいしい状態のところをスネ夫に食べてもらえなかっただけのことでした。
 けれど私は、遙か昔の失恋以来の嗚咽を漏らしました。
 むせび泣きながら、サンダル履きで夜空の下を歩き回りました。
 くやしくて、悲しくて、残念でなりませんでした。
 気が付けば、手には食べきって空になった自分のカップをもったままでした。私はカップを逆さまにして、残ったスープの最後の一滴を口に入れました。
 たちのぼる湯気をかきわけるようにして、夢中で絶対ドラ焼きをすするジャイアンたちの姿が思い返されました。幸せそうにヘソ丸出しのお腹をなぜるジャイアンたちの姿が思い返されました。
 私の口の中にひろがったまごころのかけらの味は、日清カップヌードルの味によく似ていました。
 月明かりが差していました。
 足下は草むらで、すぐ近くから黒い大きな森が始まっていました。
 私は森の中に分け入りました。
 このまままっすぐ進まなければいけないような気がしました。
 トゲのある草にひっかかれながら歩きました。
 サンダル履きの足に、夜露が冷たくまとわりつきました。
 落ち葉や小枝を踏む音がやけに大きく響きました。
 ときおり遠くでけものの動く気配がし、光る目が逃げ去るのが見えました。
 ふと視界が開けたそこは、月明かりに満たされた広い場所でした。
 空を見上げれば、まん丸い月がぽかんと浮かび、周囲の雲を明るく照らしていました。
 しずかちゃんのお風呂場の夜の姿でした。
 かすかに水の音が聞こえ、私はその方向に歩みを進めました。
 昼間も見たことのある泉があり、小さな噴水がさらさらと水を光らせていました。
 泉のわきの大きな石にはしずかちゃんが腰掛けていて、月の光をあびながら、髪留めをとっておろした髪をすいていました。
 しずかちゃんは私の姿をみとめても驚いた様子はみせず、私もまた、しずかちゃんがいることに驚きませんでした。
 しずかちゃんは、黒く大きな目で私をじっとみながら髪をすき続けました。
 しばらくそうしていた後しずかちゃんは立ち上がり、不思議そうな顔をしました。視線は私のもつ空のカップに向いていました。
 私はしずかちゃんに近づき、カップを差し出しました。
 しずかちゃんは手にしたそれを鼻に近づけ、目をつむりました。
 私の目の前に、しずかちゃんがいました。
 ヘアスタイルこそ私の知るしずかちゃんとは違いましたが、黒く長いまつげも、穏やかな表情も、カップを握る手の様子も、その立ち姿の膝の伸ばし具合も、何もかもがしずかちゃんそのものでした。
 やがてしずかちゃんは目を開き、満足しきったような顔でカップを私に戻しました。
 しずかちゃんは無言でしたが、私には、
「いいかおりがするのね」
と言ったのがわかりました。
 しずかちゃんは、まんまるな月を見上げました。
 私も見上げました。
 明るく照らされた雲が、ゆっくりと形を変えながら動いて行くのが見えました。
 過去に読んだたくさんの童話の記憶が私の中で渦巻きました。
 このまま私はしずかちゃんについて行ってしずかちゃんに食い殺される。あるいは、しずかちゃんを囲う主人を私が殺し、この迷宮からしずかちゃんを救い出す。あるいはしずかちゃんから謎をかけられ、私は命とひきかえの選択をして破滅する。あるいはこのまま、しずかちゃんが天に昇って星になる・・・。
 満月を見上げる私は、自分が何かに変身しそうな気がしました。
 けれども、何に変身しそうなのか見当がつかず、そのせいかさっぱり何者にも変身しませんでした。
 しずかちゃんは、髪留めのゴムを取り出すと、なれた手つきで髪をふたつにまとめて留めました。髪をおろしていたしずかちゃんが、誰もがよく知るしずかちゃんスタイルに変身しました。
 私の目の前に、すみからすみまで完璧なしずかちゃんがいました。
 しずかちゃんは、再び黒く大きな瞳で私のことを見つめました。私は、しずかちゃんの黒く大きな瞳に見つめられました。
 しばらくして、どこかから私の知らない何かの合図が来たらしく、しずかちゃんはくるりと振り向いて黒い森の中へと姿を消しました。
 そのまま、戻っては来ませんでした。

 翌日、スネ夫は朝一で会社に戻っていきました。
 もともとその予定だったのか急用が出来たのか、私たちは何も聞かされていませんでした。
 あとはよろしく、とだけ言い残して去ったスネ夫の車を見送りながら、ジャイアンは
「逃げたな」
と言いました。
 そしてジャイアンは私の方を振り向いて言いました。
「おまえ、昨日の夜しずかちゃんに会っただろ」
 私は驚きました。
「どうしてわかるの」
「みりゃわかるさ。そのボケボケさかげんは、しずかちゃんとの接近遭遇以外にあり得ない」
 私は、さすがプロは違うなと思いました。そして、
「目撃データとして、スネ夫にも報告した方がいいのかな」
と尋ねました。
「そうだなぁ、姿を確認したとはいえ調査時間外だからな。一応口頭で報告してみたらいいと思うけど、たぶん備考欄にちょこちょこっと書くだけで終わりになると思うぞ。そんときのしずかちゃんの行動にもよるけど、スネ夫のやつ、一覧表の中に書けないデータは嫌いだからな」
「わかった。夕方にでも報告しておくよ」
「で、しずかちゃんとはどこで会ったんだ?」
「六番地点近くの泉」
「やっぱりあそこに来たか。今まであそこで誰も見てなかったことの方がおかしいと思ってたんだ。んで、何してた?」
「泉のわきで髪をとかしてた」
「んで?」
「僕のもっていたカップのにおいをかいだ」
「んで?」
「一緒に月を見た」
「んで?」
「森の中に入って行った」
「んで?」
「きれいだった」
「ははん」
「感動した」
「バーカ」
 私とジャイアンは小さく笑い合いました。
 感動したなどという私個人の思いなど調査票に書けるはずがなく、それを知りながら言った私と、そのことをちゃんとわかってバーカと言ったジャイアンでした。


                             つづく...

<<前回           目次          次回>>

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

  1. 無料アクセス解析
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。