空飛ぶバディネリ 『しずかちゃんの遺言』22

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『しずかちゃんの遺言』22

 『しずかちゃんの遺言』 (第22回/全__回)

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22.


 ええと、最後の調査の初日、私が直接現場に向かったことまでは、お話ししたと思います。
 徹夜で調査に向かってそのまま丸一日作業をしましたので、スネ夫と会ったのはその日の調査終了後のことでした。
 私は、例のキャンセル料や補填の件について、今日か明日にはスネ夫とちゃんと話をしなくちゃなと思っていました。が、徹夜がたたってくたくただったため、まずは寝場所を確保したいと考えました。
 前日から停まっていたジャイアンたちにどの部屋を使えばいいかきいてみようとしたところに、スネ夫がやってきました。
 私の前に立ったスネ夫は、激しくどもりながら、
「あ、あ、あ、あわあわあわ」
と言っただけですぐに去り、自分の部屋に閉じこもってしまいました。
 私はスネ夫が何をしに来たのかわからず、首をかしげたままその場でしばらく考えましたが、どうやら、
「お疲れさまです。今日はジャイアンと一緒に三号室をつかってね」
と言いに来たようでした。
 ということで、それっきり翌日は逃げるように帰ってしまい、その後はさっきお話ししたコロ助からの手紙につながります。ですので、私とスネ夫の最後の会話は、スネ夫の
「あわあわあわ」
でした。
 私は、人と人が別れる最期のときは「さよなら」というものだと思っています。
 幼稚園に入る前から繰り返し繰り返し、そう教わってきました。
 「元気で」とか「いつかまた」や「じゃ」で締めくくることになってしまう場合や、何も言わずに包容や握手だけなんて場合もあるでしょう。「くそったれ」とか「おまえの顔なんか二度と見たくねえ」とか、パンチ一発なんていうのもまたあるでしょう。が、それらもみな「さよなら」という言葉のバリエーションのひとつだと思っています。
 しかしスネ夫と私の別れは、片方が「あわあわあわ」と言い、もう一方が首をかしげるというものでした。
 新しいタイプの別れのかたちというには、あまりにヘンテコでした。

 ともあれ、スネ夫が帰ってしまったことにより、ジャイアンが災難に見舞われたりすることもなく、調査は極めて順調に進み、最終日を迎えました。
 この回の調査の最終日というだけでなく、私がしずかちゃんに会う最後の日でもありました。

 撮影は過酷のひとことにつきました。
 暑いのです。
 七月の太陽が、とにかく猛烈に熱かったのです。
 私とジャイアンは、大量の水を持って灼熱地獄の空中庭園に向かう坂道や階段を登らなければなりませんでした。
 初日の調査終了後、ジャイアンはジュースの自動販売機を持って行くという案を出しましたが、電源ケーブルが千九百メートルほど足りないよ、という私の指摘により、白紙撤回しました。
 二日目の調査終了後、ジャイアンは水道からホースをひっぱって行こうという案を一旦出した後、賢明にもすぐ取り下げました。たとえ現場と蛇口をホースで繋いでも、標高差が大きいため、水が出るはずがなかったからです。
 なので、やはり私たちは機材と共に大量の水をかついで現場に向かいました。

 今日のしずかちゃんは、朝から湯船の中にいました。
 冬とは異なり、体を冷やしているのかもしれません。が、一年を通してお湯の温度がどうなっているのかもまた、未だ知られざるしずかちゃんの謎のひとつでした。
 私は、しずかちゃん調査に関わってから、しずかちゃんのことをもっと知るための様々な方策を思いついていました。お風呂の湯温についても、この距離で撮影が出来るなら測定は難しい話ではないはずでした。が、そんな話をジャイアンにいうと、興味は持ってもらっても最後には「機材と金があればな」で終わらざるを得なく、スネ夫に話せばスネ夫は固まってしまうだけでした。スネ夫は自分の知識の中にない話を聞くと固まってしまうクセがあるのでした。

 私とジャイアンの仕事は、まるで水の残量との戦いのようでした。心ゆくまで水を飲みたい、そればかりを思って過ごしました。
「水の貸し借りは絶対しねえぞ」
 調査のプロであるジャイアンは、そう言いました。

 その日、最後の記録メディアとバッテリをセットしてしばらくした頃、遠く湯船の方角から、かすかに声が聞こえました。
 ジャイアンの体が緊張で堅くなるのを感じました。
 私の体もまた、堅くなりました。
 その声は、スネ夫のディスクに入っていたどれともまるで違いました。
 でも私には、それがしずかちゃんの声だと確信できました。
 切なそうなため息でした。
 苦しそうなうめき声でした。
 ジャイアンはそんなしずかちゃんの声が聞こえる度に腕時計を見て時刻を読み上げ、私はノートに記録しました。
「あぁっ」
 しずかちゃんの声は、一声ごとに切なさを増しているように聞こえました。
「はぁぁ」
 ジャイアンは、今何がしずかちゃんにおきているのかわかっているのでしょう。私もまた、これまでの勉強の成果から想像がつき始めていましたが、時刻を読み上げる以外始終無言のジャイアンは、私に確認のための質問をするスキを与えてくれませんでした。
「うぅぅ」
 しずかちゃんのうめき声は段々とその間隔を縮めていき、ますます苦しそうになりました。私は声が聞こえるたびに身がよじれそうな思いがしました。しずかちゃんの声が、私の体の中身をグシャリグシャリと握りつぶしているようでした。
 その声がひっきりなしに聞こえるようになった頃、ジャイアンは時刻の読み上げをやめ、無言で体を堅くしました。私もノートと鉛筆をにぎりしめたまま、身動きひとつ出来ませんでした。
 しずかちゃんのうめき声に合わせて、あたりの空気にピシピシとヒビが入っているかのようでした。
 声の間隔はますます狭まり、そのたびに空気のヒビは新たなヒビを呼んで激しい亀裂となって走りました。
 世界中がもろいガラスになったかのようでした。
 そして、全てが割れ落ち、壊れ去ってしまいそうになったときです。
「あぁぁぁぁっ!」
 胸のはりさけそうな声があたりをつんざき、大峡谷のようなしずかちゃんのお風呂場全体を震わせました。
 私とジャイアンは思わず立ち上がりそうになりましたが、行き交うこだまに頭を押さえつけられました。
 私たちを息すらさせなくしたまま、こだまはあたり一面に覆い被さり、そのままゆっくりと山々に溶けて消えました。
 それきり、いくら待ってもしずかちゃんの声は聞こえませんでした。
 ジャイアンは「ふうう」と大きく息をつき、心なしぶっきらぼうな口調で時刻を読み上げた後、そのままゴロンと横になりました。
 あたりに静寂が戻りました。
 私も記録帳を閉じて、その場に寝そべりました。
 見上げる空はどこまでも青く、ところどころに真っ白な雲が浮いていました。
 いくらか風が出て来たようで、あたりの木の葉のこすれ合う音が聞こえ始め、汗で濡れていた私の頬に新鮮な空気があたりました。
 嘘のようにのんきな時間が流れました。

 ブブブブブブブ。
 タイマーセットしてあった私の携帯電話が小さな振動音をたてました。
 ジャイアンは腕時計に目をやり、いつもどおりに予備時間としてとってある五分間を無言で過ごしました。
 そして、
「行ってくらあ」
とささやいて立ち上がりました。

 空中庭園のような撮影現場からの帰り道、私とジャイアンが交わした言葉は、
「すごかったなあ」
「すごかったねえ」
「よかったなあ」
「よかったねえ」
だけでした。
 が、こればかりを百回くらい繰り返しました。
 何度繰り返しても、まだまだ言い足りませんでした。
 苦労して運びあげた大量の水はすっかり飲みきっていたため、私たちは身軽でした。
 撮影した映像の解析はすっかり済ませて来たので、もうやるべき仕事もなく、気分もまた軽やかでした。
 私は、しずかちゃんのお風呂場の出口に近い一本橋をバランスをとって歩きながら、ついさっき見終わった映像を頭の中で反芻しました。
 素裸のしずかちゃんが、美しいガラスのお風呂につかっていました。
 しずかちゃんは湯船のふちをしっかりとにぎっていました。
 濡れた髪が頬にはりつき、額や鼻に玉のような汗が光っていました。
 ぎゅっと結んだ小さな口から、切ないうめき声がもれていました。
 しずかちゃんは、ひとりしずかに、ひっそりと、新しいしずかちゃんを産み落としたのでした。

 これが、私がしずかちゃんの調査に参加した最後の日のことです。


                             つづく...

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