空飛ぶバディネリ 『しずかちゃんの遺言』23
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『しずかちゃんの遺言』23

 『しずかちゃんの遺言』 (第23回/全__回)

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23.


 九月ももう半ばの、夏と秋が入れ替わった日でした。
 お店の片隅でテレビを見ていた私は、リモコンでスイッチを切り、いやこっちだった、と気が付いて別のリモコンでビデオデッキのスイッチを切りました。
 映画は、大冒険を終えたドラえもんと仲間たちが、手を取り合って家に帰るシーンで締め括られました。みんな頭にタケコプターをつけ、雲間をぐるりと大回りして家に帰って行きました。
 映画の中のスネ夫は、仲間からの信頼感の点で一時微妙な立場だったりしましたが、結局最後にはみんなと仲良く遊んでいました。みんなと手をとりあい、共にタケコプターで大空を飛んでいました。
 私は長いため息をついて、独り言を言いました。
「映画は映画か。あいつは、スネ夫でいるのがいやだったんだろうかな」
 私は、もしあのスネ夫が本当にスネ夫なら、ドラえもんとジャイアンもさそって一緒にカップラーメン型のドラ焼きを食べ、そのあとでしずかちゃんを訪ねに行きたいなあと思いました。
 あの彼とは、「あわあわあわ」以来、一度も会っていません。
 結局、私には何も言わないまま、株式会社スネ夫ママやコロ助の陰に隠れて出て来なくなりました。イササカさんやカオリちゃんにスネ夫がどうしているか聞いてみたこともありましたが、なぜかふたりとも「スネ夫?」と言ったまま固まりっぱなしになってしまったので、その後のスネ夫については何もわかりませんでした。
 たぶんスネ夫はスネ夫という名前から逃げ出し、名前の無い人になってしまったのだと思います。
 あのスネ夫がちゃんとスネ夫になったなら、あるいは、ちゃんと自分の本当の名前を思い出してそれを名乗ってくれれば、何かが違う方へ動き出したのかもしれません。
 けれど、スネ夫はそのどちらもしないまま、スネ夫という名前を置き去りにして隠れてしまいました。
 彼が自分の本当の名前をどこかにやってしまったのは、彼自身のせいではなかったのかもしれません。名前を置き去りにしてでも、誰かの盾に隠れなければならないようなことが過去にあったのかもしれません。そのせいで、自分の名前を呼ばれることを知らずにずっと来てしまっていたのかもしれません。
 が、今、スネ夫という名前から逃げたのが彼自身の選択であるなら、私にはもう、どうすることもできませんでした。

 コロ助との文通はあの後しばらく続きましたが、何を言っても会話になりそうにない返事がくるだけでした。
 書き方の問題だけでなく、こちらから何をたずねても、契約はない義務はないと主張するばかりで、答えらしい答えが返ってくることはありませんでした。負けないための、プログラムでした。
 あのスネ夫が何をどう考えどう思っているのかは結局わからずじまいでしたし、また、質問にすら答えてもらえないため、スネ夫の話とコロ助の話の不一致点についても、何もわからないままでした。
 けれど、スネ夫ママがただただ「キーッ!」と言ってる様子だけは、はっきりとうかがえました。
 スネ夫ママは、初めから戦闘モードだったのでした。

 結局のところ、私はギブアップしました。
 コロ助との文通をやめたいと思いました。
 そのきっかけは、脅しでした。
 コロ助からの脅しの手紙には、
「裁判するナリ」
と書かれていました。
 株式会社スネ夫ママ相手に一個人の私が裁判することになったら、勝っても負けても損するばかりという現実的な問題はありましたが、だからといってそれが即脅しというわけではありません。
 問題は、その手紙の形でした。
 これまでコロ助からもらっていた全ての手紙は、コロ助たち弁護士がよく使う特別な郵便で送られてきていました。
 判子だらけの、特別な手紙でした。
 けれど、最後にもらった「裁判するナリ」の手紙のみ、それとは違ったのでした。
 ごく普通の速達でした。判子もコロ助の名前のところにひとつだけでした。
 時間がなくて、特別な郵便にする暇がなかったのかもしれません。
 あるいは、スネ夫ママのキーキー声にあてられたコロ助が、裁判の話は本気じゃないよ、とこっそりとメッセージを込めたのかもしれません。
 そのへんはわかりません。
 が、私は弁護士であるコロ助が、キティーちゃんの便せんをつかって手紙をよこしたことが不気味でした。
 コロ助がわざといつもの特別な郵便にしなかったのなら、なおのこと恐ろしい話でした。裁判ザマス、懲らしめてやるザマス、とがなりたてるスネ夫ママを制止しきれずにしかたなく出したものかもしれず、だとすると、スネちゃんを守るためならなんだってやるザマス、なりふりなんか構ってられないザマス、というスネ夫ママの本気宣言なのでした。
 けれど、どうだとしたって、もういいです。
 私は疲れ果ててしまいました。
 コロ助にむかって何をどう言ったところで、スネ夫はもうそこにはいないのです。スネ夫がいなければ、私はスネ夫ママにとって、お金をふんだくろうとしている悪者でしかないのです。
 私もお金を工面し、スネ夫のように、コロ助みたいな仕事をしてくれる人に身代わりを頼んで、その陰に隠れてしまえばいいのかもしれません。けれどもそれは、スネ夫がどう思いどうしようとしてるのかを知りたい、つまり、スネ夫と私の間柄とはいったなんだったんだろうかという私の疑問とはかけ離れたものになります。つまり、ただの紛争です。
 スネ夫のミスは、スネ夫とスネ夫ママがコロ助を登場させたことによってお金に換算して考える以外になくなってしまいましたが、わたしがスネ夫にまず望んでいたのは、スネ夫自身の言葉でした。
 私は、りっぱな人とそうでない人の区別を気にしていましたが、そんなことより、おまんじゅう屋さんを理解するかしないかの方が大切なのかもしれないと思いました。
 顔の見えない相手と、なんで戦うのかわからない戦いをするのは、もうたくさんでした。

 本当にギブアップでした。
 スネ夫ママの「キーッ!」は、苦痛以外の何ものでもありませんでしたが、それよりも、自分自身の体の中で巻き上がってしまうどす黒い気持に、もう勘弁して欲しいという気分でした。いくらよく手を洗ってドラ焼きを焼いても、あんこに黒いいやなものが混じってしまっている気がしました。新作はおろか、売り物にできるドラ焼きなど到底焼けませんでした。もう、材料費や生活費などといったお金の問題など、とっくに通り越していました。
「ママに弁護士さんを頼んでもらったから、もう大丈夫。絶対、絶対、僕を守ってくれるよ。だって弁護士さんなんだもん」
 風のたよりにスネ夫がそんなことを言っていたと聞きました。
 確かにスネ夫は大丈夫でした。私は、全然、大丈夫ではありませんでした。
 私も大丈夫になりたい。心からそう願いましたが、どうなれば自分が大丈夫になれるのか、わかりませんでした。
 私はコロ助に、文通は終わりにしたいという意味の手紙を書いて、今朝、ポストに入れました。コロ助相手に何かを伝えようとするのは、もう苦しいだけでした。
 コロ助ときちんと話ができれば、いつかまたスネ夫をスネ夫と呼ぶ日がくるかも知れない、あるいは、スネ夫が自分の本当の名前を思い出して、その名前を私が呼ぶことになる日が来るかもしれない、と一生懸命思うようにしていましたが、それも全て、諦めることにしたのです。

 「さあて、仕事仕事」
 ビデオのリモコンを定位置のかごに放り込んだ私は、わざと大きな声でそう言い、仕事場に入りました。
 厨房のかたすみでは、のび太が膝をかかえた姿勢のまま、真っ黒に変色して死んでいました。
 私は少しのあいだ死んだのび太を眺め、そのあと長い長い時間眺め、もう一度少し眺めてから、それを燃えるゴミ専用袋に詰め込みました。裏口から外へ出て、ゴミ用のポリバケツにそれを放り込みました。
 ポリバケツの脇にはドラえもんが立っていて、こう言いました。
「それでよかったの?」
 私はポリバケツの蓋を閉め、はみ出ていたビニール袋の縁を中に押し込んでから言いました。
「うん。いいんだ、もう」
「ずいぶん待ってたのにね」
「だめなものはだめってことなんだよ、きっと」
 ドラえもんは、ちょっと悲しそうな顔をしました。
「そっか。しかたないことってあるものね」
「そ。しょうがないんだ。しょうがないんだよ」
 ドラえもんは、なんとも言い難い複雑な微笑を浮かべた後、私がすっかり忘れていたことをきいてきました。
「ねえ、お店の看板はどうしようか」
 私は、長いため息をついてしまいました。
「看板かあ。そうだねえ、どうするかなあ」
「今はまだ無理、かな?」
「うん。無理っぽいや。いいよ、あとでゆっくり考えるから」
「そうだね。それがいいね」
 路地の遠く先で、スーパーマンさんの仕事に励む姿が見えました。
 ほどなくここへもやって来て、私が出したゴミを回収して行くことでしょう。
 私はドラえもんと別れ、厨房に戻って石けんで丁寧に手を洗いました。


                             つづく...

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