空飛ぶバディネリ 『しずかちゃんの遺言』1

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『しずかちゃんの遺言』1

 『しずかちゃんの遺言』 (第1回/全__回)

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1.

 こんにちは。
 私の名前はタケコプターといいます。
 ドラえもんのポケットから出て来るあれと同じです。
 本当は別の名前もあるのですが、今はタケコプターと呼ばれるのが割合に気に入っているし、そう呼んでもらうのがいいような気がしています。
 私の話は、ある日突然、知らない人から風変わりな手紙を受け取ったことから始めたいと思います。
 今年の七月二十一日のことです。
 とはいっても、いきなりその手紙の話をするのもなんですので、ちょっとばかり、自分のこととか、自分のまわりのこととかをお話ししたいと思います。

 私の職業はドラ焼きづくりでした。
 あの頃までの私は、来る日も来る日もドラ焼きを作っていました。今日もまた、ついさっきまでドラ焼きを作っていましたので、今の職業もドラ焼き作りなのですが、あの頃のドラ焼きと今のドラ焼きでは、どこか少し違うような気がしてしまっています。
 もしかしたら、少しどころではないのかもしれません。
 「ドラ焼き」が「どら焼き」になったとか、そういうくだらないタイプのことなのかもしれませんが、何が違うかさえわからないので、ひとまず今は「でした」と言わせて下さい。
 私の作るドラ焼きは、たくさん作ってお店に並べて置けば、黙っていても売れるというものではありませんでした。だから、お店もこの通り、それと知らなければ通り過ぎてしまう程度のものでした。
 看板がまだ出来ていないというのも、店らしくない理由のひとつでしたが、製作を依頼したドラえもんが難癖をつけて、いつになっても作ってくれないのでした。
「ねえ、もっとちゃんと考えなよ。お店の看板はきみ自身の看板でもあるんだよ。そんな借り物みたいな案、みんな却下却下却下。ちゃんと考えて。いい? ちゃんと考えるんだよ」
 私は既に三十個ほどの看板のアイディアを出していましたが、ドラえもんは、ありきたりだの、媚びてどうするだの、覚悟が足りないだのと言って、ちっとも作ろうとしてくれないのでした。

 私のドラ焼きは、今のところ注文生産というのがそれに近いのかもしれません。
 お店での小売りもしていますが、新しいドラ焼きを開発し、営業してまわるのが何よりも大切なことでした。
 私はドラ焼きを作るのが大好きでした。誰かに、私のドラ焼きを食べてもらうのが大好きでした。
 ドラ焼きを食べたお客さんに喜んでいただけたときは、本当に嬉しいものです。
「お客さんのおいしいっていう笑顔が見られれば、採算なんて度外視だよ」
 と言ってニコニコするおまんじゅう屋のご主人をテレビで見るたび、
「しっかりもうけてるくせに」
なんて言ってツバを吐く人がときどきいますが、それは違います。
 そのときのおまんじゅう屋さんは、お金のことなど全く頭になく、本当に心の底から嬉しいのです。
 私にはそれがよくわかりますし、一度でもお客さんと直接向き合う仕事をしたことがある人なら、わかってくれるはずのものと思います。
 でも、こんなおまんじゅう屋さんの感覚をどうしても理解しないタイプの人も、確実にいるのを私は知っています。
 例えば、スネ夫です。スネ夫はもちろんあだ名ですが、スネ夫という名前がぴったり来るので私はスネ夫と呼んでいます。私がいつもスネ夫と呼んでいるせいか、スネ夫も自分がスネ夫だと思っているようでした。
 そういうのはきっとよくないことだと思うので、ときどきは本当の名前を思い出させてあげなければいけないと思うのですが、あいにく私は、スネ夫の本当の名前を知りませんでした。ジャイアンも知らないと言っていました。
 ジャイアンの本当の名前については、私はちゃんと知っています。でも言いません。別にひみつという訳ではないのですが、なんとなく、言ってしまったらもったいないような気がするのです。

 スネ夫は、サラリーマンでした。
 スネ夫の勤める会社は、私にはちょっと覚えるのが難しい名前でしたので、私はいつも株式会社スネ夫ママと呼んでいました。
 スネ夫はスネ夫ママが大嫌いでした。しょっちゅうスネ夫ママの文句を言い、しょっちゅう「やめてやるやめてやる」と言っています。
 それでもちっともやめません。
 スネ夫は、毎朝起きてから二十六分でスネ夫ママの元へ駆けつけるのが自慢です。二十六分という時間がどれほどすごいのかについて、私にはよくわかりません。私の場合、目が覚めたときにはもう、粒あん作りの最中だったりするからです。が、スネ夫が得意そうに言うところをみると、心の底ではスネ夫ママのことが大好きなんだろうなと思います。
 株式会社スネ夫ママは、いろんなことを調べる会社でした。いくつかの部門にわかれていて、石とか水とか、なんだかよくわからないグニャグニャしたものとか、それぞれ名前の違うものを調べていました。
 スネ夫の所属する部門は、「いろんな事」を調べるところでしたが、ときには大きなゴミ箱を作ったりもしていたようでした。その部門のメンバーはスネ夫ひとりでしたので、スネ夫はいつもひとりぼっちでした。
 このスネ夫の大きなゴミ箱作りについて、ドラえもんはよく「お金をドブに捨てるような仕事だよ」と言っていましたが、私には、ゴミ箱とお金とドブの関係がいまひとつよくわかりません。今のところ私は、スネ夫が本当にお金をドブに捨てているところは見たことがありませんが、ドラえもんにはこんなふうに言われたことがあります。
「きみはときどき寂しくなるほどバカだね。お金をそのままドブに捨てたら、つまっちゃうに決まってるだろ」
 株式会社スネ夫ママには、他にカオリちゃんやナカジマとか、リカちゃんやイササカさんといった、たくさんの魅力的な人がいました。私の勝手な思いこみかもしれませんが、この人たちはなんとなくスネ夫とは違う世界で仕事をしているようでした。

 いつの頃からだったか忘れましたが、私はときどきスネ夫ママに呼びだされ、お金をもらって帰ることがあるようになりました。
 もちろん、ただでお金をもらえるなんてことはなく、つまりはアルバイトをして帰るわけですが、イササカさんが、
「ありがとう、助かりましたよ」
と笑顔で言ってくれたときは、ドラ焼き売りとちょっと似てるな、と思ったりしました。
 イササカさんに頼まれる仕事は、石の数を数えたり石に名前を書いたり、石の中がどうなっているかに想像を巡らせたりすることでした。
 特にこの三番目のものについては、日々ドラ焼きの中がどうなっているかを気にして過ごしている私の技術がとても役に立ちました。
 そのイササカさんはといえば、石ばかりでなく、山の中がどうなっているのかに想像を巡らせ、石の出生のひみつまで探ってしまうというすごい人でした。
 イササカさんの「ありがとう、助かりましたよ」という言葉と共に気分のいいお金をうけとったとき、私は材料代をちょっと奮発して新作ドラ焼きの開発に取り組みました。ドラ焼きの売れ行き悪い季節には、そのお金で食べものや飲み物を買って帰りました。
 今、スネ夫ママから呼ばれて、と言いましたが、実際のところは、スネ夫から直接声をかけられることがほとんどでした。
 スネ夫はおまんじゅう屋のご主人を理解しないタイプでしたから、その笑顔はイササカさんとはちょっと違うものでしたが、それでもやはり、
「ありがとう、助かった」
と言われれば嬉しく思い、私はいつも、
「また何かあったら声かけてね」
と言い残してから帰りました。
 そんな具合に、私とスネ夫はうまくいっていました。
 スネ夫が私にアルバイトを頼んでくる理由には、いつもひとりぼっちで仕事をしているので人手が足りないということの他、私の過去の経験による技術を当てにしていたところがあったようです。昔アルバイトでやっていた、衛星放送用のアンテナ探しのことです。

 世の中には、立派な人と、そうでもない人と、立派でない人がいます。
 そういうことを私は知っています。
 立派でない人の中には、くだらない人と、くだらなくなってしまった人がいるのだと思います。
 私は立派な人を百六十三人知っていて、そうでもない人と立派でない人を合わせて十人くらい知っています。
 その他はみんな、どれにあてはまるのか知らない人ですが、何人くらいになるのか数えたことはありません。
 いっつも文句と悪口ばかり言っているスネ夫は、立派ではない人かと思いましたが、このあいだ仕事の文句をたくさん言ったあとに、
「でもこの仕事、性に合ってるみたいなんだよね」
と言ったので、立派な人だったんだな、と思いました。
 私自身はどうかといえば、ドラえもんによれば立派でない人であり、くだらない人なのだそうです。何故かというと、私が私のドラ焼きを作っているからだそうです。
 私には解せませんでした。
 ドラえもんは、
「世の中にはね、理由なんてなくても初めからそうに決まっていることがあるんだよ」
と言いました。他のドラ焼き職人は立派だけれど、私は立派ではないのだそうです。ますます解せませんでした。
 そういうドラえもんはといえば、私の目にはとても立派な人に思えるのですが、ドラえもんが言うには立派じゃないれっきとした理由があるのだそうです。
「なんだい、それは」
ときいてみたところ、ドラえもんは、
「おしえない」
と言いました。
 くだらない私が作るドラ焼きが好きだからかな、と考えてみましたが、そうだとすると私のお客さんがみんなくだらない人になってしまいます。それとは別の、私など思いもよらない理由があるのでしょう。
 ドラえもんとはそれなりの深い付き合いがあるつもりでした。なので、こんな決めつけをしてしまうのはちょっと寂しいのですが、私にとってのドラえもんは、立派かどうか知らない人の一人なのでした。


                             つづく...

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読み物の連載について。 『しずかちゃんの遺書』1回目 (ハーディ・ガーディ・ばん

橋の上の動物 2008年02月17日(Sun) 06:04


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