空飛ぶバディネリ 『青い巣』(第1回/全16回) by AntennaMan

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『青い巣』(第1回/全16回) by AntennaMan

『青い巣』(第1回/全16回) by AntennaMan

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 サアとの暮らしは気持ちいい。
 気持ちよく、そして、何もかもが充実している。
 僕の身の回りのもの全ては、確実にそれ固有の密度をもって存在していた。小振りなガラスのテーブルにおいた箱に、それなりに気を配ってレイアウトしたベルリの類や翡翠の原石、珪化木、貝の化石といったものもそうだったし、どこで手に入れたか忘れてしまったマレーグマの置物もそうだった。そして、僕自身もまた、まちがいなく僕自身の密度をもってここにあった。
 戯れに僕を扇ぐサアからは、ビー玉のような涼しい香りが漂い、その香りの流れは、僕の眺める石の下に敷かれた長石や石英からなる白い砂と穏やかに干渉し合っていた。窓から差し込む夏の西日が金色を帯びて部屋中に満ちていく中、突然身を翻したサアが滑らかな体のシルエットをみせて僕の目の前を通りすぎてゆく。僕は、舞い上がった砂の中でその配置を替えてしまった石や化石を再び並べなおす作業にとりかかろうとするが、砂が落ち着かないのですぐにあきらめ、畳をけってサアを追う。
 なんて充実した日々。隅から隅までが、ほぼみんな一グラムパー立方センチ以上の密度で埋まっている。生活の場を水の中に移すだけで、こんなにも世界が変わるだなんて。
 僕の両腕はサアの腰をつかまえるが、彼女は身をくねらせ、するりと逃げてしまう。頬をなぜてゆく尾鰭に慌ててつかまれば、そのまま彼女は僕を連れて部屋の中を旋回する。

 一DKの僕のアパートには玄関付近と天井から下十数センチを除いて隅々まで海水が張ってあり、僕とサアは一日中その中で暮らしていた。
 暮らし始めた当初こそ僕は水の中での呼吸に慣れずにずいぶんと苦しい思いをしたけれども、今はもうなんともない。もともと人間の肺は魚や両生類の鰓と起源を同じくしているものだ。サンショウウオの幼生から成体への変化をみればわかるように、陸上生活での乾燥に耐えられるよう外へ出ていたものを体内に取り込んだだけだから、水の中でも呼吸機能を失うわけではない。
 なんていいかたをしてうそぶくことは可能だろうが、浸透圧や酸素分圧と水の交換効率などのの問題があって実際やろうとして出来るものではない。それが僕に可能であったのは、つまり、もちろん、愛の力だ。
 愛さえあればなんでもできる。愛こそ全て。
 笑わないで欲しい。そんなふうに僕達は育てられてきたのではなかったっけ。

 夏を迎え、テレビやラジオから聞こえるいくつかの天気予報用語が「記録的」という修飾を伴い始めたころ、ひょんなことで出会い、一緒に住み始めたのがサアだった。
 彼女はそれまで特に名前は持っていなかったようだが、出会ったときにサーッと泳いでいたのでサアと呼んでいる。サーッはヘンなのでサアにしたのだ。彼女もその呼び方が気に入っているらしい。
 僕の愛するサアが人魚であること、いや、人魚であるサアに向けた僕の気持ちを愛と呼ぶことを誰も責めたりはしないだろう。時代、時代でスタンダードな形はあるにしろ、多くのバリエーションに寛容なのが、僕らの学んできた愛というものであったはずだ。
 というより、どんな関係性を持とうが、閉じた、あるいは排他的な思いであれば、みな愛と呼んでしまうのが現代というものではなかったか。神様に祝福されるかされないかはまた別の問題だ。

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