空飛ぶバディネリ 『青い巣』(第3回/全16回) by AntennaMan
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『青い巣』(第3回/全16回) by AntennaMan

『青い巣』(第3回/全16回) by AntennaMan
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 そんな夏の日、僕は防水加工したテレビジョンセットのスイッチをいれたまま、部屋の掃除をしていた。大嫌いだった料理の後始末や洗濯物を干す行為から解放されたせいか、部屋の掃除だけは結構小まめにするようになったのだ。
 掃除といっても、洗濯機用の排水口につないだホースを手に持ち、つまんだその先を少し緩めてやるだけだから簡単なものだ。勝手にゴミを吸い込んで流してくれる。しかしあまり調子にのってやっていると、部屋の水がへってしまうので気をつけなければいけない。
 天気に関しては相変わらず「記録的」報道が続き、青くちらちら光るテレビ画面を横切る街の人々は、皆ふやけたビスケットのような顔で重い体を引きずっていた。もちろん、僕にはその暑さは無縁で、湿気もまた関係ない。快適な生活だ。
「おう、おれだ。この前いってたもの、買ってきたぞ」
 ノックの音に続いて人の声が聞こえた。学生時代から付き合いのある斎藤の声だった。
 建設関係の会社に勤めている彼もまた、サアの姿をみるのが好きなのでよくやってくる。肺の水を空気といれかえて外へ出るのがおっくうな僕は、それをいいことにしばしば買い物を頼んでいた。
 ホースの口を天井のフックにひっかけてから玄関にむかい、逆さの姿勢のまま手を伸ばして鍵をあければ、水と空気の境界の向うにYシャツの胸を汗で濡らした彼がいた。短い首から暑苦しそうな濃い色のネクタイがぶら下がっている。流行やらデザインやらにかなり気を使っているらしい彼なのに、僕の目には似合って見えたことがないから不思議だ。
「相変わらず涼しそうでいいな」
 まあな、と答える僕の顔は見ずに、彼は茶色のセカンドバッグと共に手にしていたディスカウントショップの袋をがさごそ探る。
「ええと、海水の素と防水のライト。電池は入ってる。ゴーグルはここがプラスティックのがよかったんだよな」
 水の中で暮らせるようになったとはいえ、ゴーグルをつけないとやはりよく目がみえない。今使っているのは金具のところがいかれてしまい、ゴムの調節がうまく利かずに耳の上が痛いのだ。
「ああ、それだ。悪いな」
「ビデオは返しておいたぜ。それから、今日は金太郎飴買ってきてみたよ。サアが珍しがるだろ」
「おう、サンキュ」
「海水の素、結構つかうな」
「ああ。やっぱりトイレとか特にね」
 今でこそ、かなりの工夫の結果それほど水を汚さない排泄の仕方を身につけるに至ったが、暮らし始めの頃はたいへんだった。自分もそうだが、特にサアが、だ。
 トイレの一角を仕切って水の交換をしやすくしたところをその場と決め、それ用のホースを駆使して事を致すことにしたのだが、そもそもサアは排泄はトイレでするものだという感覚を持ち合わせていなかった。つまり、ところかまわずだったのだ。そんな彼女に言えるのは、この部屋は狭いから水が汚れやすいというそれにつきた。それ以外に説得力のある説明を僕は見いだせなかったからだ。海の中をまねて小魚でも飼えば、どこでやらかそうと、とたんに群がって始末してくれるのかもしれないが、やはりそれには抵抗があるし始末されている過程も見たくない。生活習慣の違いといってしまえばそれまでだが、こればっかりは譲ることが出来なかった。
「でも、前より少なくなって来ただろう」
 そういう僕に、斎藤は袋の成分表を眺めながらいった。
「それはそうだがな。なあ、こんど安い荒塩で試してみたらどうだ。浸透圧さえ合っていればいいんだろう」
「まあ、今も海水より薄めにしてもらってるけどね。そうだな、荒塩か。こんど試してみようか」
「そうしてみろよ。しかし、サアが淡水の人魚だったら楽だったろうにな」
「淡水の人魚は体がぬるぬるするらしいよ」
「へえ、そうか。それはそれでたいへんかもしれないな」
 人魚との暮らしを知らない彼がどうたいへんだと想像しているのかわからなかったが、この斎藤という男は水が苦手で、泳げないのはもとよりゼミの合宿でいった温泉旅館の風呂さえ入ろうとしないやつだった。詳しくは聞いていないが、幼いころに怖い思いでもしたのだろう。この部屋へも一歩も入ろうとはしない。
 僕はきちんと頭を上に向けた姿勢をとり、水の中から外へと手を伸ばして彼から袋を受け取った。
 斎藤がいう。
「サアはどうしたの。姿がみえないけど」
「ちょうど今、風呂入ったところだよ」
「へえ。そういやこないだシャワーが好きっていってたな」
「ああ。シャワーはかなり気に入ってるみたいだ。どうする。出るまで待ってるか」
「いや、いいさ。また来るから」
 そういって帰ろうとした彼だが、そうだ、とこちらに顔を向け、声のトーンを一段落としていった。
「なあ、おまえいつまでこんな生活続けていくつもりだ。仕事なくして、もうだいぶ経つだろう」
 僕はとりあえず、いわれなくてもわかってるちゃんと考えてるさ、と答えた。しかし本当のところは、まるきり考えていなかった。そういう気にならなかったのだ。つまりは、わかっていないということかもしれないが、わかるわからないの区別もあまり気にならない。
「ちったあ、将来のこと心配しろよ」
将来のために、と考えたつもりで就職した会社がつぶれたのだ、もうそんな言葉には騙されない、などといい返す言葉を頭のなかでひねくってみたが、口にするのが面倒だったので、そのうちな、といっておいた。
「そのうちっておまえ‥‥‥」
彼はさらに声を落としていった。
「なあ、サアにしてみても、こんなところにいたんじゃ可哀想なんじゃないのかな」
「どういう意味だ?」
「狭いってことさ。人魚は人魚らしく広い海にいるのが幸せなんじゃないかと思ってな」
 建設関係者的ナチュラリズムは、どうしてこうも個別性を見失うのだろう。僕は足もとの床を蹴り、天井から冷蔵庫へと斜めに背面宙返りをしてからいった。
「うるさい。どんな生活をしようと人の勝手だろう。おれとサアとでこういう生活を選んだんだ。ひとにとやかく言われる筋合いはない」
「そりゃあそうだが、しかし‥‥‥」
僕は奥の部屋の窓へと突進し、ぶつかる直前でターンして戻ってくるといった。
「しかしもくそもあるか。よけいなお世話だ。サア見たさに来ているくせに妙な口だしするな」
そういって今度はきりもみしながら、ダイニングから奥の部屋にかけて8の字を描いた。少し目が回って言葉が過ぎてしまったことに反省し、渋い顔をしている斎藤にいった。
「いや、悪い。言い過ぎた。なんていうかその、狭さに関しちゃ全く気にしてないってことでもなくてさ」
せめてもうひと部屋あってもよかった。
 手にしたバッグを持ち直しながら斎藤がいった。
「サアは何もいわないのか」
「ああ、海もあれはあれでたいへんなところみたいだ。サメに食われないように気をつけなきゃいけなかったりな。コバンザメがくっついてくることもあったらしい。あれは相当嫌みたいだ」
「へえ、そうか‥‥‥。ま、仕事のことはマジで考えてみることだな。協力できることがあったらするから」
「ああ、悪いな。おや、そろそろあがるんじゃないかな、会っていくかい」
「いや、いいよ。人の彼女の体を見に来たみたいに言われたあとじゃ、ヘンな気分だ」
「そうか。悪かった」
「ま、いいさ。長いつきあいだ。また来るよ」
「手足だけでも冷やしていけばいいのに」
「いいよ、かえって暑くなる。じゃな」
 斎藤は帰っていき、僕はその場で天井までふらふらっと浮き上がり、またふらふらと床まで沈んでみた。貯金が底をついたら何か考えてみよう。

 なんだかんだいっても斎藤の言葉が少し気になっていた僕は、八畳間の天井と屋根を半分ほどぶち抜いてしまった。広さは変わらないものの、もっと気持ちのいい生活が送れるだろう。もとより雨が降ろうが降るまいが濡れたままだし、水温が上がり過ぎたら簡単な日よけでもつければきっとそれで済む。
 もちろん大屋には内緒だ。そもそも部屋に水を張ることだって内緒なわけで、一度内緒を決め込んでしまえばなんだって同じだ。
 僕はサアに、どうだいこの方がずっといいだろう、といった。
「ステキ」
 そう、サアはいった。
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