空飛ぶバディネリ 『青い巣』(第7回/全16回) by AntennaMan
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空飛ぶバディネリ

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『青い巣』(第7回/全16回) by AntennaMan

『青い巣』(第7回/全16回) by AntennaMan

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 せっかくの話だが、僕は仕事のことを真面目に考える気にはならなかった。
 現実逃避とはまた違う。そのうち金に困ることに変わりはないだろうが、今まで住んでいたところとこの水の中とでは、あまりに違いすぎて比べようがないのだ。
 サアに会いにくる友人達の計らいで僕達の生活のいくらかの部分が成り立っているとはいえ、それも僕とサアがここで生活を始めたからこそのことだ。機能的には僕はヒモといわれるかもしれない。しかし、毎日会社の悪口をいいながらはした金を貰って過ごした日々よりは、どんなにかまともな形だろうと思う。
 水から上がりたくなる理由がない。僕の住むところはこの水の中で、愛するサアがここにいる。僕の生活はこの部屋で完結している。
 実際、水道代と家賃では貯金をかなり食っていたが、その他は結構なんとかなっていた。食べ物にしてもごく質素なもので事足りた。
 僕は水の中に住み初めて以来、味噌汁やラーメン、うどんといった汁物を食べたいとは思わなくなったし、ポテトチップス等の乾き物はもともとあまり興味がなかった。サアはハナから料理という概念を持ち合わせていなかったので、洗った野菜や芋をそのままおいしいといってかじった。
 料理しないとなれば屑野菜や端切れでも一向に構わず、それらはスーパーに勤める同郷で古くからの友人の古沢が、ほとんどただ同然で調達してくれた。誰にも増して好奇な目でサアを眺め回す彼だったが、僕達の生活を一番に理解してくれているらしいのもまた彼だった。余計なことには口を出さず、たまには栄養つけろよといって牛のタタキやハム等を差し入れてくれたりするのだ。
 サアと暮らし始めるとき、僕は彼女が海では魚を食べていたのかもしれないと思ってそう尋ねてみたのだが、彼女は魚系が苦手なんだそうだ。僕もそうだったからちょうどよかった。
 日がな一日、僕は水の中を呑気にたゆたい、いろいろな泳ぎ方の練習をし、ときどきはテレビやビデオを見たり、訪ねてきた友達とおしゃべりをして過ごした。僕が水の中に住めるようそれなりに努力したと同じくサアもまた人間社会のことを知ろうと努力し、ホームドラマや教育番組には結構チェックをいれているようだった。また、アクション物かSF系映画が好きな僕とシリアスな芸術的大作をおもしろがってみるサアとでは、借りたいビデオの好みが完全に違っていたが、ドラえもんや音楽番組といったTVプログラムでは一緒に笑い、歌って踊った。
 水は青く、いつもサアといっしょで、そしてどこかにケガニがひそんでいる。そんな夏の日々だった。

 「ねえ、あなた長男だったよね」
 ナイロンテグスの巻いてあるプラスティックリールに重りをひっかけながらサアがいった。最近、編み物を始めたのだ。
「やっぱり家継いだりするの」
 テレビドラマの影響なのかおよそ人魚にふさわしくない言葉だったが、そんな冗談めいた話題の中にも二人のリアルな生活というものを見いだした僕は少しジーンときた。
 音楽をトーマス・マプフーモからクィーンのベストアルバムに替えた僕は、サアのいるソファーまで泳いで行ってからいった。
「長男っていってもうちはサラリーマンだからね。継ぐのはお墓と名字くらいなもんだ。親父もお袋も老後は絶対老人ホームだっていって金ためてるから、気が変わらなければ介護の心配もない。息子の嫁に世話させるのはいやだってポリシーもってるみたいだよ。お袋自身、かなり苦労した経験があるせいだと思うけど」
「へえ、そうなの」
「でもあの世代だから、親父は名字にはこだわってるみたいだ。子供が女ばかりでみんな嫁にいっちゃった家の話になると、必ず寂しいだろうにっていう。家が絶えちゃうって思うらしいよ」
「ふうん」
「キミんとこはどう」
「あたしは親の顔も知らないもの。そんなの関係ない」
「それはそれで寂しいな」
 人魚にはそういった家意識は全くないと聞いていたので、僕がわざとナンセンスな質問をしてみたのをサアはわかっている。彼女は口の端でくすりと笑ってから、やっぱり透き通った糸じゃよく見えない、といった。
「でも、どうしたの、突然」
スピーカーから流れる『バイシクル・レース』に合わせて自転車を漕ぐまねをしながら僕は聞いた。
「べつに。ただ、なんとなく」
「ふうん」
 漕いでいるうちに体が横倒しになってしまった。まだまだ修行が足りない。

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