空飛ぶバディネリ 『青い巣』(第9回/全16回) by AntennaMan

空飛ぶバディネリ

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『青い巣』(第9回/全16回) by AntennaMan

『青い巣』(第9回/全16回) by AntennaMan

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 月明りがオーロラのごとく揺れる水の中、僕はサアの腰にしがみつき、鱗の始まる部分に口づけをする。そして滑らかな下半身を下から撫であげれば鱗が一枚ほろりと剥がれ、僕はそれを食べてしまう。
 安堵を求めてサアに近づけば近づくほど、込み上げるはらはら感は強くなり、不安になってきつくしがみつけば、さらに強い匂いが鼻孔に流れ込む。僕はサアから離れられない。
 そんな僕の、静かに揺れているはずの髪をなでながらサアがいった。
「あなた、最近いい匂いがするよ」

 頭の中がやかましい。
「ほら、早くちゃんとボタンはめて。ヒロちゃん待たせたらわるいでしょ」
「へえ。ピーマンもニンジンも食べるのに、魚はだめか。ウドもコゴミも好きなのにか。へんな子だなあ。よし、おいさんが今度、釣りたてのアジもってくらあ。いや、それとも一緒にいくか」
「そうか。そりゃあよかったな」
「わかった。わかったから、もうそのことはいうな」
「いいでしょ、これ。ほら、ここんとこピカピカしてて」

 匂いを発しているのはいったいだれだ? 僕は、何の記憶を呼び戻そうとしている?

「だめだよおめえは。才能ねえよ」
「ごめん。好きな人が出来たの」
「まあな、そういうこともあるさ。来週あたり飲み行かねえか。いい店見つけたんだよ。お通しがいつもすっげえうまくて全国各地の日本酒がずらりとそろってる」
「あらあ」
「いいじゃんこれ。どしちゃったの、なんか憑いたか」
「もう、やだ。こんなの」

 甦らせたたくさんの記憶が僕の感情をかき混ぜ、抱き締めるサアの下半身は行きがすべすべして帰りはざらざらする。
 もう十年も前に死んだ飼い犬のマリがワンと吠え、神社の石段の隙間にはアリがぞろぞろ入り込んでゆく。床屋の前をとおると歯医者の匂いが漂い、桜井商店のばあさんは入れ歯をはめて、うちのもんじゃ焼きはソースが違うと自慢した。やけくそで飛ばすバイクのエンジン音と、この上なく感傷的な『ロンドンデリーの歌』をバックに買い手を待つ、みたらしだんごやタコ焼、かんぼこ。つぶれたアメリカシロヒトリの幼虫からは緑色と無色透明な中身がはみ出し、足の指の間から泥をひねりだして歩けばフナやドジョウがぶつかってゆく。雪解けにぬかるんだ道をつま先だちであるき、性器の見せっこをした電気屋の娘は髪を茶色く染めて赤ん坊を産んだ。夕立の始まりにはほこり臭い空気が立ち上り、眩しく光る雨上がりの道を横切って行くのはちょびヒゲの子猫で、満開の花を誇っていたお寺の桜は僕が小学校に上がった年の夏に雷でまっぷたつにさけた‥‥‥。

 渦巻く記憶の中には探し求めるものはなく、どんなにきつくサアを抱き締めても、本当の抱き締めたいところには行き着かない。
 はらはら感を吹き飛ばして手にしたいのは、サアの中にあるに違いないシンのようなもの。そこにたどり着ければきっと僕はこの上ないやすらぎに身を任せられるだろう。それは彼女の骨かもしれないし、心なのかもしれない。どちらにしても、からだの肉が邪魔をしてたどりつけない。
 全てを貫き通して、本当の抱き締めたいものと触れ合いたい。どれだけ力をいれればそこに行き着くのだろう。サアの匂いは僕をいらいらさせる。目一杯抱き締めて絞り出せば、もう出て来なくなるかもしれない。
 サアとからみあう僕の視界を蛍光灯の紐や冷蔵庫や海藻の森がよぎってゆく。アマモの優しい揺れがおとなしやかなミラーボールの代わりをして、青い世界に斑な光を投げかける。

 そんなある日、目が覚めてみると重苦しかった扇風機のモーター音がどことなく軽やかに聞こえ、いつもより天井が近くにあった。
 屋根のないところに泳いで行って空を見上げれば、水面を通して白いイワシ雲が揺れて見える。くっと息をとめて顔を出すと濡れた顔を爽やかな風が撫でてゆき、僕は秋が来ていることを知った。
 つい幾日か前までこそ、僕をからかって逃げ回ることのあったサアだったが、今ではぴったり僕に寄り添っている。僕自身、サアに似た匂いを発していることを自覚していて、そのせいがあるのかもしれない。ふたりの匂いでとろんとした水の上には風に飛ばされてきた木の葉が数枚浮かんでいて、僕とサアは腕を絡めあったままそれをつついて遊ぶ。
 ふたりで初めて一緒に迎えた、秋が来た日だ。

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