空飛ぶバディネリ 『青い巣』(第11回/全16回) by AntennaMan
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空飛ぶバディネリ

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『青い巣』(第11回/全16回) by AntennaMan

『青い巣』(第11回/全16回) by AntennaMan

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 どこでそんな泳ぎ方を覚えたかわからない。ふと気がつけば、僕はサアの体にしがみつき、彼女を水底に押しつけていた。海藻の森を透かして揺れる僅かな光のなかで、乱れた髪が妖しく漂い、聞こえるのは水の音などではなく、円く開いた彼女の口からもれるうめき声だけだった。
 が、その理性的な認識は腕の中の体が突然くにゃりと変化したとたんに跡形もなく吹き飛び、頭の中に水がどっと流れ込んだ。そして、飛び交っていた記憶の断片が無数の鱗に埋め尽くされ、僕はふいに、自分の性器が数百本もあるような錯覚に陥った。
 思いがけないことだった。唐突にやってきた射精の感覚に僕は混乱し、舞い散る鱗が輝くなか、体の中に甦るせせらぎの音に乗り、意識は闇に向かって泳ぎだした。

 うちのもんじゃ焼きはソースが違うんだよ。
 だめじゃない、ちゃんとたべなきゃ。
 いいの。ネコが来るんだ。もうすぐ。ネコがアジもってさ。
 暗いのはいや。だって、ウドもコゴミも。雪が溶けるとぐちゃぐちゃするでしょ。
 だめよ。あたしだって見せたんだから。
 へえ。

 飛び交う鱗。鱗。鱗。

 随分と長いこと眠り続けているらしい。
 ときおり意識が戻って目を開けると、昼のこともあれば夜のこともあり、二度繰り返して朝を迎えたりした。
 全てがぼうっとかすんでいるようで、自分が今どこにいるのかのまったく実感がもてなかった。もう死んでしまったのかもしれないと思い、そんなわけはないぞとも思い、どっちもあまりかわらないなと思った。
 続けざまに二度夕方をむかえた直後だった。
 僕は死体のような格好をして水面ちかくに浮かんでいるようで、遥か深いところにいるケガニと目を会わせていた。いつもほとんど姿をみせない彼が、堂々とテレビの前に出てきて僕に手を振っていた。
 まるでスター気取りだ。
 僕も手を振り返してやろうとしたが、どうにも手に力が入らない。
 サアは、と目を動かせば、ダイニングのテーブルに腰掛けてタバコを喫っていた。
 もうもうとした煙に包まれ、幸せそうな笑みを浮かべている。もしかしたらタバコではなく、マリファナか何かなのかもしれない。あれをやると笑ったような顔になると聞いたことがある。そうなら後でわけてもらおう。
 煙の粒子が静かに彼女の周りを漂っている。気持ちよさそうだ。
 そういや、しばらくタバコなんて喫っていない。たしか、アウトドアグッズの店で買った防水マッチがまだ押入れにあったような‥‥‥。
 だめだ。眠くてしょうがない。もう一眠りしたら‥‥‥。

 薄く開いた目の隙間から妙にちらちらとした光が忍び込んでくる。
 聞き覚えのある声が遠くから近づいてきた。
「ねえ、生きてる? 生きてる?」
 サアの声だ。
「生きてる? 生きてたら返事して」
 重たいまぶたをこじ開ければ、目の前にサアの顔があった。
「‥‥‥あ、ああ、ごめん。なんだかすごいよく寝ちゃって‥‥‥」
ニコニコ顔をしているサアがいった。
「よかった生きてて。ね、みて。赤ちゃんが生まれたの」
「えっ、赤ちゃん」
 慌てて体を立ててからサアをみたが、彼女は大きく手を横に開いているだけだったので、なんのことをいってるのかわからなかった。
 が、もしやと思い、さっきから目の前でしきりにきらきらと光るものに目を凝らしてみれば、それはほんの数ミリしかない、孵化したばかりと思える魚の子供だった。透き通った体はまるでテグスの切れ端のようで、黒い大きな目でかろうじてそれとわかる。
「あ、赤ちゃんって‥‥‥」
 目の焦点をずらしてゆけば、それこそ数千数万という夥しい数の仔魚が、あたり一面ひょろひょろ泳ぎ回っているのが見えた。
 とびきりの笑顔をみせるサアがいった。
「あたし、でかした?」
でかしたっていっても‥‥‥。
「これ、僕達の赤ちゃん?」
「うん」
元気よくサアはいった。
「みんな?」
「うん」
さらに元気よくいった。
「あなたも跡継ぎが出来たのよ。よかったね」
 僕はなんといっていいか、うまい言葉を見つけられなかった。
「昨日孵ったのよ。みんなしてピンピンピンッて出てきたの」
「ピンピンッて‥‥‥」
「そ。きっと卵の中、すっごく窮屈だったのよ」
 今まで見たことのないほどの優しい目で周囲をぐるりと見まわしたサアは、僕の顔に視線をもどしてからいった。
「でもね、どれが長男だかわかんなくなっちゃったの。注意してたんだけど。ごめんね」
 ジョークだかなんだかわからない彼女の話に僕はますます言葉を失い、そして、大きく息をついてしまった直後だった。吸い込んだ水の中にいくつものキラキラがあったことに気づいたのだ。
「たいへんだ。子供が口に入ったらしい」
 あわてて水から顔をあげてそういったが、その拍子に水と空気をへんなふうに吸い込んでゴホゴホとむせてしまった。体は再び水の中に沈み、おぼれそうになった僕は必死で天井の切れ目につかまり体を支えた。
 どうにか落ち着いたあと、息を止めて水に潜れば、不思議そうな顔で首を傾げたサアがいった。
「しょうがないよ少しくらい。まだいっぱいいるから大丈夫」
そして、優しい笑みに表情をもどし、あんたたちももうちょっと大きくなれば平気だもんね、と、あたり一面に満ちた仔魚に話しかけた。
 よくよく見渡してみれば、子供達の数は数千数万ではとうていきかないように思えた。そしてそのとき、僕は自分のモスグリーンの水着が、なにか薬品におかされでもしたようにぼろぼろになり、ほとんど役目を果たさなくなっていることに気がついた。

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