空飛ぶバディネリ 『しずかちゃんの遺言』4
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『しずかちゃんの遺言』4

 『しずかちゃんの遺言』 (第4回/全__回)

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4.


 調査基地で準備を整えた私たちは、しずかちゃんのお風呂場に向かって出発しました。
 今日は、明日から三日間の本調査に備えて、しずかちゃんのお風呂場の下見に行くことになっていました。
 繰り返すようですが、しずかちゃんはたくさんいるわけではないものの、ひとりだけではありません。日本のあちこちで、それぞれのしずかちゃんが、それぞれの暮らしをしています。誰かの手により、その暮らしぶりがそこそこ調べられているしずかちゃんもいれば、まだ誰にも知られずひっそりと暮らしているしずかちゃんもいるはずだと言われています。
 私たちが調べることになったしずかちゃんについては、どこからどこまでをお風呂場にして使っているのかをきちんと確認することから調査が始まるということでした。
 私には、いったいそれがどういうことなのかさえ、いまひとつうまく把握できないのですが、しずかちゃんの暮らす場所はお風呂場であり、しずかちゃんが日々の生活に使っていれば、そこは全部しずかちゃんのお風呂場なのだということでした。
 何年も前の調査によって、この付近でしずかちゃんが暮らしているらしい、つまりこのあたり一帯がしずかちゃんのお風呂場らしいということがわかっていました。
 その調査を元にして、スネ夫はしずかちゃんをこっそり観察できそうな地点をいくつも選んでいました。それで、今日の下見は実際にその観察地点をまわって、付近の全体像をつかんでおくというのが目的なのでした。

 スネ夫を先頭にたくさんのジャイアンが後に続き、しずかちゃんのお風呂場を目指しました。私は最後尾につきました。一列にならんで、ぞろぞろ歩きました。
 街路樹の道を通り、ゴールデン街を抜け、閑静な高給住宅地を横切りました。
 スネ夫は列を乱さないでくださいね、と言いましたが、列を乱さずにスクランブル交差点を渡るのはとても迷惑なことであるのを知りました。
 チエちゃんのホルモン焼き屋の前を通り過ぎ、幼稚園の屋根を越え、ラーメンを食べている人の家の中を通り抜け、なんとか横町や人生劇場やカラフルな看板をもったお兄さんたちが次々に声をかけてくる華やかな街をもくもくと歩き、かぐや姫の竹林も天女の黒松林も霧の摩周湖も富士の樹海も通り越して歩き続けました。うっそうとした森の中や光にあふれた広い草原を歩き、地下の洞窟をはいつくばって進みました。
 ふだんあまり歩き慣れていない私は、ふらふらしました。
 前を行くジャイアンたちの足並みはてんでんばらばらなのに、軍隊のような規則正しい音がザッザッザッザッと聞こえていました。何度も聞いたことのある音のような気がして不思議に思っていましたが、朦朧としてきた頭でたどり着いた正解は、スネ夫の声でした。スネ夫が自分の足並みにあわせて、ザッザッザッザッとかけ声をかけていたのです。
 ふいに行列がとまり、私は目の前のジャイアンにどすんとぶつかりました。
「何やってんだぁ」
 そう迷惑そうに言うジャイアンの背中ごしにあたりをみまわせば、そこには見たこともない光景が広がっていました。
「到着しました。このあたりからしずかちゃんのお風呂場になります」
 仕事モードに入ったスネ夫が、ですます調で言いました。
「ここがしずかちゃんのお風呂場・・・」
 私は思わず声に出してしまいました。
 しずかちゃんのお風呂場は、全て露天でした。
 流れる霧にところどころ遮られてよく見えませんが、遙か彼方まで長い長い回廊が続き、大理石や桧や黄金の柱が立ち並び、そこここで湯気に濡れて光る植物がひっそりと息づいていました。
 階段もありました。巨大な柱をぐるりとまわる螺旋階段もあれば、壁から直接段々だけが打ち付けられているようなものもありました。
 いったいどうなっているのか、段のみが中に浮いているように見えるものもあり、空へむかってどこまでも階段が続いていました。
 遠くには三本の巨大な塔がたちならんでいるのが、うっすらと見えました。
 広大な美術館のようでした。巨大な城塞都市のようでした。果てしない大峡谷のようでした。深い深い森のようでした。
「すごいねえ。いったいこのお風呂場ってどこまで続いているの」
 そう尋ねた私にジャイアンが言いました。
「わからないから調べるんだろ。バカか、おまえは」
 あまりの広さに圧倒されている私をよそに、スネ夫のつまらなそうな声がきこえました。
「えー、ここが一番の地点になります。観察担当はジャイアン。お願いします。じゃ、二番へ行きましょう。ここから先はしずかちゃんの目にふれないようにこっそりしてくださいね。この時間ならたぶんないと思いますが、もししずかちゃんに見つかってしまったら、ただの通りすがりの人のふりをして下さい。あ、今、ちょっと練習しておきましょうか」
 そう言ってスネ夫は、ジャイアンたちに向かってかけ声をかけました。
「じゃ、行きますよ。はい、こっそり。はい、しらんぷり。はい、こっそり。はい、しらんぷり」
 スネ夫の合図で、ジャイアンたちはみんないっせいにこっそりしたり、通りすがりの人のふりをしました。通りすがりの人のふりのとき、両手を頭の後ろにあて、ぼけっと空を見上げてすうすう口笛をふくまねは、さすがプロとしか言いようのない、板に付いた身のこなしでした。
 スネ夫に続いて歩み出したたくさんのジャイアンと私は、みなこっそりし、しずかちゃんのお風呂場に足を踏み入れました。

 広々としていたかにみえたしずかちゃんのお風呂場は、中に入ってしまえば、まるで迷宮でした。
 私たちは、小さな穴のあいた壁や、よじ登れる塀、植え込みの陰、身をかくせる柱の裏といったところに連れて行かれました。こっそりこっそり歩き、ひろいところを横切るときは、小走りで素早く走り抜けました。
 その間、スネ夫は十九回、
「観察担当はジャイアン。お願いします」
と言いました。つまり、しずかちゃんの観察地点は全部で二十地点でした。
 私は、こっそり歩きながら、前を行くジャイアンに聞きました。
「どこかにしずかちゃんのトイレもあるのかな?」
 冷静な口調のジャイアンがプロの顔で言いました。
「それはまだわかっていないんだ」

 ひと通り観察地点を確認した私たちは一番の地点まで戻り、この日の予定は終了となりました。
 私は初めて見たしずかちゃんのお風呂場に圧倒されっぱなしでした。
 甲子園球場何個分と言ったらいいかわかりませんが、目に見えた範囲もさらにその向こうも、ずっとずっとしずかちゃんのお風呂場でした。
 大きさも、その中の様子も、まったくの異世界としか言いようがありませんでした。
 こんなところで、いったいしずかちゃんがどう入浴しているのか私には想像もできず、今出て来たばかりのしずかちゃんのお風呂場をふりかえりながら、ただただ、ため息をつくばかりでした。
 ジャイアンは、そんな半ば夢の中にいるような私を見ながら白い歯をまる出しにして、
「ギシシシ」
と奇妙な声で笑っていました。
 が、ふと口をつぐみ、メガホンふたつ分ほどもあるスタビライザー付き超高性能双眼鏡を目にあてました。
 そして、ぽそっと言いました。
「いたよ」
 私はあわてて自分の小さな双眼鏡を目にあて、ジャイアンの見る方角を見つめました。が、白っぽい広間の中程に、ぽつんと点が見えるだけでした。
「その双眼鏡じゃだめだろ。見てみな」
 ジャイアンの双眼鏡を渡された私は、よっこらしょとそれをかまえてのぞきこみました。
 練習の甲斐あって即座にその点を視野にとらえることができました。とたん、私は体が全く動かなくなりました。
 美しい白亜のフロアで、しずかちゃんがひとり静かにバレエのステップを踏んでいたのです。
 まだ練習中なのか、ときおりぶきっちょさな動作がまじるものの、それさえもが流麗さを際立たせる、夢のように優美な舞いでした。
 双眼鏡の丸い視界の中に遠く美しい世界が広がっていて、けれどもそれは別世界などではなく、たったいま自分が歩いて来た場所なのでした。今私がいるこの場所の続きにあるのです。そして、しずかちゃんは今このとき、私の目の前で華麗なステップを踏んでいるのです。
 私の目は釘付けでした。
 白亜のフロアは、しずかちゃんだけのステージでした。私には、双眼鏡の中から音楽が聞こえました。ボレロのリズムであんあんあんと聞こえました。クライマックスで特に熱のこもったターンを三度ほど繰り返し、しずかちゃんのダンスは終わりました。
 そして、しずかちゃんは、ゆっくりとした動作で頭にタケコプターをつけました。ふわりとうきあがり、大きな輪を描きながらぐんぐん空にむかいました。そして雲間に消えて行きました。

 もう、どれほど陳腐な言い方になろうと私は躊躇しません。
 どれほど、月並みな表現でも恥ずかしく思ったりもしません。
 そう、私はしずかちゃんのとりこになりました。
 しずかちゃんは、きれいで、かわいらしくて、お茶目で、キュートで、ミステリアスでした。そしてそして、しずかちゃんは、私の名前と同じ物をもっていたのです。
 そのときの私は、よだれこそ垂らさなかったものの、相当惚けた顔をしていたのだと思います。
 ジャイアンたちが私を横目で見てニヤニヤしましたが、私には、自分の表情を取り繕う余裕さえありませんでした。
 まもなく私たちは帰途につきましたが、ぼうっとしたままの私はもう、どこをどう通って基地に帰り着いたかさえ覚えていませんでした。
 踊るしずかちゃんの様子が映画のワンシーンのように思い返されてならないのは、手ぶれ防止のためのスタビライザーの回転音が、映写機の音を思わせたからかもしれません。
 が、映画と決定的違ったはずなのは、私が見ているそのときに、しずかちゃんが踊っていたということでした。同じ「今」というものが、そこにあったということでした。

                             つづく...

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